人のあり方を変えるVRの怖さと大きな可能性
東京大学 大学院情報理工学系研究科 VR ヴァーチャルリアリティ 鳴海拓志(4)
ゲームやイベントのアトラクションなどですっかりおなじみになったVR。だが、視覚と聴覚だけでなく、五感のすべてを人工的に作りだすVRを駆使して、人の認知機能を解き明かしつつ、個人の感情や行動、価値観までをも変える研究に挑む鳴海拓志先生の研究室に行ってみた。
(文=川端裕人、写真=内海裕之)
VR技術を使えば、感覚を作ることができる。
そして、感覚を作ることで、行動を変えることもできる。
さらに行動や体の状態を変えれば感情を変えることができ、感情を変えれば判断を変えることにもつながる。やはり行動を変えることにつながる。
鳴海さんがしてきた研究の中には、一部、ぞくっとさせられるものがある。
工学的な仕掛けで人間の性質を明らかにしつつ、どんどん人間像を変えていくような勢いを持つ研究だともいえる。
怖いと感じることもあるVRは、どのように使えばいいのだろうか。
「もちろん、こういった仕組みをさっそくバンバン使いましょうっていう話ではないんです。人ってそういう影響を受けちゃってますよねって、世の中に見せるためのツールとして作ったわけです。実際、試着室で似合っていると思うような仕組みを今すぐうちの売り場に入れてくださいみたいなことを言われても、それは別の話です。ただ、こういったことを何に使ってよくて何に使ってよくないかという議論はしなければならない。それで、議論をするためには、やっぱり体験できる形にしてみないと始まらないんです」
そりゃあそうだ。
やってみたらここまでできたと分かったからこそ、説得力があるわけで、もしもこれがなければ、ぼくたちは人間のこういう性質をあまり自覚できないままだったろう。
そこで思ったのだが、この技術が怖いと感じる理由は2つある。
ひとつは悪用されたら嫌だということ。そして、もうひとつは、むしろぼくたちが、自分が思っている以上に影響されやすいというか、意志すらも「自分の意志ではないもの」によって常に方向付けられていることを自覚させられることだ。ぼくたちが子どもの頃から叩き込まれる「自己決定の原理」みたいなものの足元がゆらぐ。試着室の鏡の例などまさにそういうものだ。
もっとも、足元がゆらぎつつも、「やっぱりそうだったか」となんとなく分かっていたような気もするので、むしろ、じゃあ、それをいいかんじに使うにはどういう方向性があるのか考えるべきなのかもしれない。
人間像を変えるようなVRの研究について、鳴海さんはどんなふうに考えているのだろうか。
「たとえば、派生的なものですが、遠隔地での会議の研究はどうでしょう。最近はスカイプみたいなものでよく会話したりすると思うんですけど、それでお互いが笑顔に見えるような状況を作ってあげるとどうなるかっていうのをやってみたんです。すると、ブレインストーミングをしたときに、出るアイデアの数がすごく増える現象を発見しました。例えば5分間で新しいレンガの使い方をできるだけいっぱい考えてくださいみたいな、『新しい何とかの使い方』をいっぱい出してもらう課題で、笑顔にすると出たアイデアの数がだいたい1.5倍ぐらい!」
つまり、お互いが心地よい状態で話をしていると、どんどん盛り上がってアイデアが出しやすくなる。つまり、いい環境を作るとか、相手といい関係だと、自分の能力が発揮できるという話だ。
「こういった技術で他人にコントロールされるのは嫌だけれど、逆に自分自身のために使えればよいのかなと今基本的には考えています。自分でうまくコントロールしていくのにはすごくいいと思うので。それで、この系統の研究で、超現実テレプレゼンスというのにも取り組んでいまして、それはテレビ会議をありのままじゃなくて、嘘でも盛り上がっているように見せて送るんです。すると、こんな盛り上がってる会議だから、自分もいっぱいアイデア出さなきゃと思うかもしれない。対面で会うより、あいつネットごしのほうが輝いてるぞ、みたいな状況が幾らでも作れるなと。そういうのがテレコミニュケーションの1つの可能性かもしれないと思っています」
さらにもう一点、今回鳴海さんとお話した中で、ぼくが一番心惹かれたものを紹介する。
テーマは、「同調圧力をなくす」だ。
「5人で会議していて、4人がA案って言っている時に、1人だけB案とは言いにくいみたいな状況ってよくあるじゃないですか。冷静に考えたらB案の方がいいのに、覆せなくなってしまうと。じゃあどうすればいいかというと、みんなでオンラインで会議をする時に、アバターが議論しているようにします。それで、少数派の人が分身して、いっぱいいるように見せることで、多数派とつり合ってる状況を作れるわけです」
いやあ、これは切実にほしい。一度、体験してみたい!
実際、会議で同調圧力によって押しつぶされるような経験は、個人的にもあって(特にPTAとか!)、そんな時にうまく少数意見を検討する仕組みはないだろうかとよく考えた。それを鳴海さんは、アバターを使って克服できないかというのだ。
「実験でやったのは、いわゆる砂漠遭難課題、『飛行機が砂漠で墜落しました。持ち出せたのは、サングラスと帽子と水と鏡と……で、生き残った3人で話し合って持っていくものの優先順位をつけてください』というものです。それで、2人がサングラス、1人が帽子って言ったときに、そのままだとサングラス派が多数決で勝っちゃうわけです。でも、オンラインで話し合っている時に、本当は1人しかいない帽子派の人が2人に分裂して見えて、話す途中で切れ目をコンピュータが検知して、別のアバターに割り振るんです。つまり、1人が人形を使って2人分パクパクしてるみたいな状況です。これだけで同調圧力がやわらいで、少数派の意見で合意する回数が増えたり、多数派がやっぱり勝った場合も全員の納得度が上がるんですよね。何か冷静に議論することをサポートするとか、立場が対等じゃない人同士の話をサポートするとか、そういうこともできるようになってきたっていうのが、おもしろいなと思っています」
ここまで来ると、ぼくはかなり鳴海さんに説得されてしまったようだ。
ぼくたちが、人間というのをどのように理解して、21世紀の今持っている技術をどう使って、うまくいきにくい部分を補うか、という話になってくるのはストンと納得感があるのである。それどころか、充分すぎるくらい魅力的で、ぼくたちは自分たちの特性を理解した上で、新しい道具をどう使うか考えていくべきだという考えに強く合意する。
つづく
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
鳴海拓志(なるみ たくじ)
1983年、福岡県生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科 講師。博士(工学)。2006年、東京大学工学部卒業。2011年、東京大学大学院工学系研究科博士課程を修了。同年、東京大学大学院情報理工学系研究科の助教に就任し、2016年4月より現職。日本バーチャルリアリティ学会論文賞、経済産業省Innovative Technologies、グッドデザイン賞など、受賞多数。
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