とにかく、両方に関心があった鳴海さんは工学を選び、のちのち科学側のコミュニティ、たとえば認知科学者や心理学者や感覚生理学者と刺激を与え合うキャリアを進むことになった。

「香りディスプレイ」。(写真提供:鳴海拓志)

 研究者としての鳴海さんが最初に向き合ったテーマは、「香りディスプレイ」だ。

「廣瀬先生の研究室では、90年代後半ぐらいから香りを出すディスプレイをいろいろ作っていました。テレビでどんな映像でも出せるように香りを目の前で好きなように出すということは、誰も出来ていないフロンティアだったわけです。で、僕もその研究をしていて、すごく難しいなっていう中で、リンゴの匂いを出しながら、ブドウの絵を見てもらうみたいな実験をやってみたわけです。それで、匂いがある程度似ていれば、見た目に引きずられるのを示せました。これがクロスモーダルと呼ばれるものとの出会いでした。視覚で香りに影響を与えられるわけで、実は五感って独立してるんじゃないというのがおもしろいなと思って、今やっているような研究につづいていったんです」

 これは鳴海さんが修士課程の頃の研究だ。

 思い切りかいつまんで述べると、まず、18種類のフルーツ香料を選んで、匂いの類似性に基づき4つにグループ化した上で、各グループごとの「代表匂い」をひとつ決めた。たとえばグレープフルーツとオレンジが同じグループで、オレンジが代表匂いだというふうに。そして、グレープフルーツの画像を見せつつオレンジの匂いを出すような実験を、被験者7人に対して行ったところ、4種類だけの代表匂いを使いながらも、画像に引きずられる効果により平均で13種類の匂いを感じさせることが可能だと分かったというのである。

 その後、博士課程では、匂いではなく、味を対象にした。はたして、匂いと同じように、「味を変える」ことはできるのか。この時、対象に選んだ食べ物はクッキーで、被験者にHMDを着けてもらい、プレーン味のクッキーの上に、別の味のクッキーの画像を重ねた。また今回は視覚情報だけでなく、別の味のクッキーの匂いも同時に呈示した。これによって、約7割の被験者に、プレーン以外の味を感じさせることができたという。例えば、プレーンなクッキーが、チョコレート味、アーモンド味、紅茶味、ストロベリー味、メープル味になってしまう、というように。

 匂いや、味は、様々な化学物質を感知しているという意味で、一括してケミカルセンス(化学的感覚、化学物質感覚)と呼ばれることもある。ぼくたちが身の回りで感じる化学物質は非常に多様で、言葉にしようにもなかなか難しく感じることが多い。だから、こういった感覚自体が、曖昧だという印象もあると思う。

 鳴海さんは、視覚情報などを加えることでケミカルセンスを変容させることに成功したというのは、すなわち、多様で曖昧なこの感覚を自由に操作できるようになったということだろうか。