「新竹モニター」「X線自由電子レーザー」とは
沖縄科学技術大学院大学 物理学・技術科学 新竹積(4)
「量子波光学顕微鏡」の開発チームを率いて物理学の最先端をゆく一方で、小規模な波力発電にも取り組み、自ら「下町の発明家」のように研究を楽しんでいるという新竹積さん。数々の国際的な賞を受賞する、天衣無縫で自由闊達な世界的物理学者の研究室に行ってみた!
(文=川端裕人、写真=飯野亮一(丸正印刷))
新竹さんが、子どもの頃から、ごく自然に実践してきた「研究解決」の方法を一言で語るなら「ゼロから作る」だ。
もちろん、真空管やトランジスタや集積回路があれば使うわけだけだが、なければ作る。ないからといって、そこで立ち止まったり諦めたりしない。物心ついてから体感し続けてきた「物を作る感覚」を研ぎ澄まし、どうやったらできるか考えつくし、さささっとスケッチし、また考え、実現可能なものに落としこむ。お話をうかがうだけで、その柔軟さというか、奔放さに圧倒される。
自身の名がついた「新竹モニター」について、最初、尋ねた時、「そんなのあったのかな」と、とぼけた態度だったけれど、実際、新竹さんが関わってきたことは、ほかにもたくさんあって、意識がそっちに向いていない時に聞いたなら、そういうことになるのかもしれない。
干渉縞とは
それでも、「3ナノメートル幅の高エネルギーの電子ビーム」をどうやったら測定できるのか、すごく気になるのでうかがった。なにしろ、人類の知的な地平線を切り開いている感のある素粒子物理学の世界で、加速器のビームを数十ナノメートル以下に収束させた状態を見ようとしたら、1995年に新竹さんが開発に成功した(概念の発表は92年)新竹モニターが、2016年現在も、唯一無二の方法だというのだから。当然、国際リニアコライダー(ILC)にも使われる。
結局、モノで測るのは無理で、レーザーを使うことにしたというところまで聞いた。この後、専門的になると、もうとんでもなく深い世界になってしまうので、思い切り概略を教えてもらった。
キーワードは、「干渉縞」だ。
「ビームが絞られて通るところにレーザー光を導くんですが、途中にハーフミラーみたいなものを置いて、ルートを2つに分けます。で、違う距離を走ったレーザー光を、電子のビームが絞られて通るちょうどそのところで重ねあわせてあげるわけです。そうすると、干渉縞ができますよね。そこに電子のビームがやってくる。わかります?」
写真中央やや上の縞模様の部分が「レーザー光」による干渉縞。一方、電子ビームは干渉縞を通るように横から飛ばす。
ナノサイズの電子ビーム測定機器の構成。中央の赤い部分が新竹モニターで、上下2方向からのレーザー光を重ねることにより干渉縞ができる。一方、左手前から右奥に向けて、干渉縞を通るように電子ビームを飛ばし、散乱を利用することでそのサイズを測るという仕組み。(画像提供:新竹積)
干渉縞というのは、高校の物理で習う光学の話だけれど、実に応用範囲が広い。同じ波長で、ちょっと位相がずれた(ちょっと違う距離を飛んできた)光が重なりあうと、二つの波が打ち消し合って弱くなるところと、重なりあって強くなるところが、交互に現れて、縞々模様になる。高校物理でスリットとスクリーンを使った光学実験(ヤングの実験)をして、スクリーンにできる縞模様を観察した人もいるだろう。
「ここでは極限に短い干渉縞を作ってやるんです。で、その中に電子をピッて通すんですよ。干渉縞を作っている光も粒子の性質を持っているので、電子とぶつかるんです。カチン。カチンと。それでぶつかったときに、X線が出てくるんです。コンプトン散乱っていいますが、そいつをはかるんです。それでビームの幅が分かるんです」
干渉縞の明るいところは光子がたくさんあって、暗いところは少ない。そこに電子が通ると、散乱が起きる。その時、どんなふうに散乱するかを決めるのは、主に、電子のビームの幅と干渉縞の幅だ。干渉縞の幅は自由に制御できるので、結果、電子ビームの幅を見ることができる。
20年後も
あくまで、これは概略の話。細かく話し始めるときりがなくて、ぼくもついていけない。新竹さんは、このアイデアを実際に使えるものにするまでの間、実に2年半を費やした。それで、実用になることがわかり、20年たった今も、100ナノメートル以下のビームを確認する手段はこれだけだ。地味に思えるかもしれないけれど、これなしには、国際リニアコライダーの計画自体、成立しなかった。実際にILCが建設され運用が開始されると、現場のオペレーターは、まるで音響エンジニアがモニタを聴きながらフェーダーで音量を調整するのと同じように、新竹モニターを見ながらビームの絞り具合を調整して実験をすることになる。
新竹さんが「そんなのあったのかな」と、さらりと言うのは、同じくらい重要な問題に、他にも関わってきたという自負もあるかもしれない。続く話題で、ぼくはそのように感じた。
「加速器実験で、失敗する場合、原因はなんだと思います?」と謎をかける。
「それはね、電源。本当にトラブルがいっぱい。問題になるのは、ノイズと、発熱と、放電。どれかひとつでも、電源が壊れるんですよ。みなさん、計画について論文はたくさん書いてても、加速器が動かなくてプロジェクトがアウトになっちゃうとかある。電源は縁の下の力持ちなんですけど目立たない。しかし私は電源については、馬鹿みたいに真面目に作ってきました。実はこれ、修士の時にやった熱電子銃と同じ延長線にあるんです。あれも、タングステンのヒーターが切れちゃうというのが、電源トラブルと同じように縁の下の力持ちの問題なんです。私が、作った熱電子銃 、結局、30年以上、現役で使われていますから」
さらに、新竹さんの思い入れは、熱電子銃の延長にあるX線自由電子レーザー装置についても、とても深い。一連の加速器建設に参加した後で、2001年に理化学研究所に移籍してから、新竹さんが取り組んだのがまさにそのテーマだから。
「兵庫県の佐用町にある理研の放射光科学総合研究センターで、X線レーザーの開発と建設をやりました。これがまたゼロから作るようなもので、電源から始まって、熱電子銃、加速器、すべて、ゼロから。そして電子からX線を取り出すアンジュレータの設計に、博士課程でのマイクロ波アンジュレータを研究した経験が活かされています」
自由電子を発生源に
このあたりでX線自由電子レーザーとは何者か、簡単に(深入りしたら逆に分からなくなりそうなので、あくまで簡単に)説明しておこう。
ぼくたちが普通使うレーザーは、固体レーザーにしてもガスレーザーにしても、ある特定の状態になった物質にエネルギーを与えると、レーザー光、つまり位相がきれいに揃った、光のビームが発生する、というものだ。発生したレーザー光の波長は、発生源になる物質によって決まっている。
X線自由電子レーザーも、レーザーという以上、位相の揃ったX線を得ることができるわけだけれど、その際、発生の仕方が違っている。
まず、X線自由電子レーザーの発生源は、電子だ。それも、原子の中にあるわけでなく単体で飛んでいる「自由電子」。「X線自由電子レーザー」と書いてしまうと、ちょっとわかりにくくなるのだが、「自由電子」を発生源とした「X線レーザー」ということをまず押さえよう。
では、自由電子は、どうやったらX線を出すのか(ここはまだ、位相の揃っていない、つまり、レーザーではないX線であることに注意)。それは、電子が速さや運動方向を変えられた時だという。この環境を提供するのが、何度も名前だけ出てきている謎めいた「アンジュレータ」だ。多数の磁石を電子軌道の上下に並べたもので、ここを通る自由電子は磁場の中を蛇行しながら飛びつつ(英語のundulateは、波打たせるとか、蛇行させる、という意味)、X線を出す。最初の段階では、レーザーではないのだが、アンジュレータをいくつもならべて長い距離を飛ばしてやるうちに、発生したX線と、その発生源である自由電子が、相互作用をして、やがて位相が揃ったX線レーザーを得ることができるという。
このあたりは非常に専門的な部分なので、これだけを読んですっきり分かった!という人はまずいないと思う。興味のある人は独自の探究を! 例えば、なぜ自由電子を蛇行させるとX線が発生するのかなどについては、新竹さんが学生時代に作ったソフトウエア「Radiation2D」をダウンロードして、画面上の電子をマウスで動かして波が発生する様子を体験するとよい。これは新竹さんが博士課程でマイクロ波アンジュレータ(磁石ではなく、マイクロ波で自由電子を蛇行させるさらに先進的な技術だ!)の研究を行った時に作成したソフトだ。単なる概念的なアニメーションではなく、相対性理論を取り込んだ厳密な計算を超高速で行った上で描画している。
Radiation2Dフリーウエアのダウンロードは
http://www.shintakelab.com/jp/jpEducationalSoft.htm
さて、ここに至って、新竹さんが「加速器研究の人」だった時も、その前の博士過程の学生だった時も、X線自由電子レーザーにとても近い研究をしてきたといえるのだと、すっきり理解できるようになった。
新竹さんが作り上げたX線自由電子レーザー装置は、SACLA(サクラ)と呼ばれ、2012年から運用を開始している。電子のビームを加速する加速器の部分は600メートルもあって、その先でX線レーザーを取り出すことができる。現在、世界で実現されている2つのX線自由電子レーザーのうちの一つだ(もう一つはスタンフォード大学にある)。
SACLAのために開発したビームポジションモニターの心臓部。新竹モニターと方式は異なるが、およそ0.1ミクロンレベルの位置精度で電子ビームをモニターでき、約100m飛ぶ電子ビームの軌道を数ミクロン単位で制御するという非常に高度な調整を可能にした。ちなみに髪の毛の太さが100ミクロンほど。1990年代に盛んだったリニアコライダー技術開発では、6つの異なる加速器技術がしのぎをけずったが、そのうち生き残り、いまも稼働中の装置は新竹さんが開発を指揮したSACLAだけだ。
さて、では、X線レーザーが使えると、どんな点でうれしいのだろうか?
可視光線のレーザーなら、ごくごく日常的にはレーザーポインターとして使っていたり、DVDなどの光学メディアを読むために使っていたり、もう無尽蔵の用途があるわけだが、X線レーザーで実現することとは?
「ああ、いい話だ。それ聞いてよって、ね。まずX線って言ったら、まず病院に行ってレントゲンって撮るじゃないですか。あれは体の中とか、透視して見てるんですよね。それがCTになると、体のまわりをぐるりとまわりながら写真をとって、それをコンピューターで計算して立体構造が分かるようにするわけ。これも、X線で透視したものを使っている。透視っていうのは試料の中を通るよっていうこと。でも、X線レーザーの場合は通りながら散乱したものを見て、試料の構造を見るんです。原理上、すごく小さなものの構造を見ることができるのが売りですね」
病院のレントゲンがものを透視して(通りすぎて)見ることができるのは、試料(例えば人間の体)に、骨のようにX線を吸収しやすい部分と、筋肉や脂肪のようにあまり吸収しない部分があるためだ。これを見るには、波の揃ったX線レーザーである必要はない。
散乱から再現
では、X線レーザーのメリットはなにか。それは、小さなもの、それこそ100億分の1メートル(1オングストローム)くらいの小さなものに当てて散乱を見て、その立体構造を再現できることにつきる。波の揃っていない普通のX線をぶつけても、訳の分からない混沌とした散乱になっておしまいだが、波が揃ったX線レーザーなら散乱したものに多くの情報が詰まっており、そこから逆計算し、もとの状態、つまり、試料の立体像を再現できる。
「まあ、色々やり方はあるんだけど、基本的には一方向からぱーんと当てる。それで散乱したのを見てあげて、コンピュータに入れて計算して元の状態に戻しますよと。ものすごく小さな、例えばDNAとかたんぱく質とかの構造が見えるようになるんです。シングル・バイオ・モレキュラー・イメージングとか言ってます。生体の分子ひとつのレベルで像を得られるというわけで」
ここまで聞いて、また疑問を抱いた。
X線レーザーの利用価値がこれまでにない小さな構造物の直接観察、それも3Dデータの取得だとしたら、その目的は新竹さんが今沖縄で取り組んでいる「量子波光学顕微鏡」と変わらないではないか!
安く小さく
「まさにそうです。兵庫県のSACLAは、X線レーザーを当てて散乱させて、計算して元の状態に戻して見るやり方で、世界に類のないものができました。でも、問題があってですね。とても大きな装置で、何百億円もするわけです。1本しかないから、一度に出来る実験は一つだけ。みんな使いたくて、行列になるでしょう。だから、何か工夫して、安く小さい装置でこれと同じようなことができたらいいよねと。で、私たち、今ここでその装置をつくってます。ギュッと小さくしたものだから、私はコザクラって呼んでます」
新竹さんが取り組んでいく量子波光学顕微鏡というのは、超小型版のSACLA(サクラ)で、新竹さんの個人的なコードネームはコザクラ!(正式なものではない。念のため)。
さて、色々なものが繋がり始めた。
物心ついた頃がから、モノを「ゼロから」作り始めてきた新竹さんの履歴は、実はとても必然性に満ちて「繋がって」いるものだったのだ。
つづく
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
1955年、宮崎県生まれ。沖縄科学技術大学院大学教授。量子波光学顕微鏡ユニット代表。工学博士。1977年、九州大学工学部応用原子核工学科卒業。1983年、同大学院工学研究科で博士号を取得。同年から2001年まで高エネルギー加速器研究所に所属し、トリスタン計画、B-ファクトリー計画、スタンフォード線形加速器センターSLAC(現 SLAC国立加速器研究所)、理化学研究所のX線自由電子レーザー施設SACLAなどの開発に携わり、理化学研究所を経て、2011年から現職。US Particle Accelerator School Award、日本加速器学会奨励賞、RIKEN技術貢献賞、FEL Prize、欧州物理学会Gersch Budker Prize、応用物理学会光・量子エレクトロニクス業績賞など、多数の賞を受賞している。
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