「高校3年の夏ぐらいだったかな、先生に『新竹、おまえ、こんなことして遊んでると後がないから、半年ぐらい勉強せえ』って言われて、急に勉強しました。本当は電磁気学をやりたかったけど、その時は入りやすかった応用原子力工学科。で、大学に行くと、ちゃんと学問っていうのがあるんですよね。ニュートン力学から始まって。ああ、何だ、大学はええとこだなあと思って。学問の道場みたいなところで、かなりおもしろかったですね」

「その先」へ

 新竹さんが出会った大学の「学問」というのは、例えば、物理学。

 ニュートン力学に出会い、電気磁気学に出会い、電気工学に出会い、熱力学に出会う。このあたりで、エンジンを組み立てたり、「飛行機のつもり」になったり、マルコーニの無線を復元したりする中で体感していたことに、しっかりと学問的な背景があることを知る。固体物理(あるいは物性物理)を学ぶことは、これまで使っていた電気回路の部品の性質を原理から知ることになるし、相対論や量子論を学ぶと「その先」に広がっている沃野を見渡す資格を得ることができる。

大学は「400年分のエッセンスを9年で体験する学問の道場」。(イラスト:新竹積)

 ここまで来たら、技術超先行型の成長曲線をたどってきた新竹さんも理論(サイエンス)を得て、もっと理論よりの研究に引きつけられるかと思いきや。大学院で取り組んだのは、理論にもとづきつつも、やはり技術まみれの研究生活なのだった。

 新竹さんの修士と博士の研究を併記する。

 1979年 修士号 「LaB6熱電子銃の開発」

 1983年 工学博士号 「マイクロ波アンジュレータの開発」

 熱電子銃(昭和のSFみたいで格好いい)や「マイクロ波アンジュレータ」(平成のSFみたいで格好いい)というのが何かというのはさておいて、両方とも開発案件であることに注意。

 農機具のエンジンをバラして組み直し、息を吹き返したエンジン音で「スイッチが入った」新竹さんは、まず「開発ありき」のスタイルで研究世界に飛び込んだのだ。

 そして、これら双方の研究は実は、新竹さんのその後を決定づけるものでもあった。

すぐれた研究開発には理論だけでなく、経験と感覚が不可欠だと新竹さんは強調した。

つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

新竹積(しんたけ つもる)

1955年、宮崎県生まれ。沖縄科学技術大学院大学教授。量子波光学顕微鏡ユニット代表。工学博士。1977年、九州大学工学部応用原子核工学科卒業。1983年、同大学院工学研究科で博士号を取得。同年から2001年まで高エネルギー加速器研究所に所属し、トリスタン計画、B-ファクトリー計画、スタンフォード線形加速器センターSLAC(現 SLAC国立加速器研究所)、理化学研究所のX線自由電子レーザー施設SACLAなどの開発に携わり、理化学研究所を経て、2011年から現職。US Particle Accelerator School Award、日本加速器学会奨励賞、RIKEN技術貢献賞、FEL Prize、欧州物理学会Gersch Budker Prize、応用物理学会光・量子エレクトロニクス業績賞など、多数の賞を受賞している。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松栄一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。