「小学生の頃は、低学年は『つもり』の世界です。飛行機の真似とか、車の真似とか、水車で発電所の真似とかね、真似ばっかり。何のつもりというのを、ずっとやってました。ヘリコプターの真似の竹とんぼをつくるとか、みんなやったと思うけど、鉛筆サックにマッチの先を詰めて、ろうそくで熱してロケットを飛ばすとかね。一番感激したのは、飛行機の真似をした時。バラといって、直径2メートルくらいの竹を編んだ平たいザルみたいにしたものがあるんですが、それを組んで飛行機を作って崖の上から飛ぼうと。崖とはいっても、せいぜい2、3メートル。でも、結構怖いですね。そしたら後ろからね、「行け行け」と言うんですよ(笑)。まあ、それが父親でさ(笑)。で、ワッと行って、墜落して、ドスッて。でも、一瞬、感じたんですよ。体が浮くような力を。飛び出したら、一瞬浮いて、ウッて力を感じて……」

小学校低学年での体験あれこれ。(イラスト:新竹積)

 新竹さんの豪快奔放な語りの背後には、常に父上の影あり、のようだ。とりわけ幼年期においては。まあ……怪我がなくてなにより。そして、浮力を感じられてなにより。30年後には「新竹モニター」を開発し、新世代の加速器、国際リニアコライダーへつながる道筋をつけた男、新竹さんの十歳前後の逸話である。

続いて小学校高学年。(イラスト:新竹積)

マルコーニの実験

「小学校も高学年になると、電気的なことも興味が出てきて、なんだか分からないままコイル巻いたりして、ひたすら作り続けてた。マブチモーターが150円もして神々しくて、自分でモーターつくったりね。中学校ぐらいでちょっと色々分かってきて、オートバイのエンジン拾ってきてゴーカートつくって、そのあたりを乗り回してたら、警察官にやめろって言われたり。あと、マルコーニの実験、ご存知ですか? 本にあった挿絵を見て、何かそんな感じっていうのをつくって。トランスで電圧上げて火花を飛ばして電波、というかノイズですけど、まあ電波を飛ばして、それで田んぼに浮かべた小さなボートをコントロールするんです。ボートの方には、ヒューズの壊れたものの中に50円玉を削った粉を入れて検波器をつけて、アンテナは金網です。たったこれだけで何百メートルか電波が飛ぶんです。マルコーニすごい! って感激して」

中学生になるといよいよ本格的に。(イラスト:新竹積)

 グリエルモ・マルコーニは、イタリア出身で、電磁波を使った無線通信を実用化した立役者。1901年にはじめて大西洋を挟んだ電磁波による通信に成功し、無線通信の実用化の扉を開いた。のちにノーベル物理学賞を受賞している。

 なお、マルコーニの初期の実験では、電気火花を散らした時に発生するノイズ(様々な周波数の電磁波が混ざったもの)を使い、モールス信号で通信していた。今のAMラジオのように搬送波を変調して信号をのせ、声や音楽を送信できるようになるのはちょっと後の話。中学生の新竹少年は、当時のマルコーニの発想を、本の挿絵から追体験して、「マルコーニすげーっ」「電磁波すげーっ」というふうに感激していたのである。