アラビアオリックスは、1970年代に野生では事実上絶滅したものを、世界中の保護団体、動物園、各国政府などが協力して飼育下繁殖させ、1982年から野生復帰させた。その後、IUCNのレッドリストの評価「野生では絶滅」が、「絶滅危惧種(Endangered)」へ、さらに、2011年の再検討では「危急種(Vulnerable)」へと変更され、種の存続の緊急度は薄まった。これ自体はすばらしい達成だ。
しかし、個々の国々での取り組みの中では、とても残念なことが起こっていたのだという。オマーンの保護区で実施されたアラビアオリックスの最初の野生復帰は、90年代には大成功をおさめ、野生動物を救う国際協力の象徴とまでもてはやされた。それが、今では無残な失敗とまで評価を落としている。
「奇跡の野生復帰と言われて、1994年にユネスコの世界遺産に自然遺産として登録されたんです。でも、その後の管理を怠って、その保護区では絶滅寸前までいってしまいました。世界遺産も2007年に登録抹消になりました。国内の問題がいろいろあったんだと思いますけど。突き詰めれば、野生復帰をきっかけに注意喚起して、生息地を復元するストーリーが描けなかったんですよね」
世界遺産が登録抹消になるのは、この保護区がはじめてのことだ。今では、オマーンの元アラビアオリックス保護区の9割方の土地が、産油施設になっているそうだ。
結局、「飼育下で繁殖して野生に戻すと、また定着してくれてバンザイ」というふうには簡単にはいかない。長期間にわたる周到な計画と、再評価を繰り返しつつの継続的な取り組みが必要だと、世界での先行事例は告げている。それは時に、「エンドレス」になるくらい覚悟を要するものであるとも。
野生復帰は一筋縄ではいかない事業であると、こういった先行事例を眺めるだけでも充分すぎるくらいに分かるだろう。「成功」とされるものですら、何十年も長い時間をかけて取り組んでその域に至る。途中で手を緩めれば、失敗に転じる。
そして、日本の絶滅危惧種の野生復帰は、今がまさに黎明なのである。
つづく
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
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