日本の動物園でライオンやチーターを繁殖させても、それらをアフリカの生息地に戻すのは、今のところ想定し難い。けれど、ツシマヤマネコの場合は生息地における保護活動とワンセットになっていることが前提だ。その一点だけでも、飼育の現場の責任の範囲も重み付けも変わってくる。

 この場合、動物園は、絶滅危惧種の保護や、その一つの手段としての野生復帰という一大事業の中で、飼育繁殖技術を確立するための「研究室」の一つでもあるのだ。

 大学の研究室ではなく、あえて動物園でツシマヤマネコの話を聞きたかった背景にはそんな事情がある。

 日本の絶滅危惧種を預かる「プライド」を熱く語る唐沢さんの言葉に耳を傾けつつ、ふと気づくと、周囲の緑に溶け込む薄緑のジャケットを身にまとった淡々とした雰囲気の人物が近くからこちらを見ていた。

 日本獣医生命科学大学・野生動物学研究室の羽山伸一教授だ。ツシマヤマネコを観察しつつ、唐沢さんと話すうちに、約束の時間になっていた。

左の人物が羽山伸一教授。日本獣医生命科学大学の野生動物学研究室を主宰している。

 羽山さんが研究室を持つ日本獣医生命科学大学は井の頭自然文化園と同じ東京都武蔵野市にあり、距離は至近。もっとも、羽山さんは、前日まで北海道の襟裳岬のゼニガタアザラシのフィールドにいて、そこから大移動をして駆けつけてくださった。

 ツシマヤマネコだけでなく、多くの日本の野生動物にかかわる研究と実践を続けてきた立場から、絶滅危惧種の保全増殖についてうかがおう。特に「野生復帰」という魅力的に響くプロジェクトについては、重点的に教えてもらうつもりだ。

井の頭自然文化園は日本の絶滅危惧種ツシマヤマネコがいる9つの動物園のひとつ。公式サイトはこちら

 つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

羽山伸一(はやま しんいち)
1960年、神奈川県生まれ。日本獣医生命科学大学教授。博士(獣医学)。1985年、帯広畜産大学大学院修士課程修了後、埼玉県庁を経て同年、日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)に勤務。2012年より現職。日本の大型野生動物の研究および保護活動に従事する。現在、環境省中央環境審議会専門委員、環境省ゼニガタアザラシ科学委員会委員長、特定非営利活動法人どうぶつたちの病院副理事長、公益財団法人日本動物愛護協会学術顧問などを兼務。『野生動物問題』(地人書館)の著書のほか、『増補版 野生動物管理―理論と技術』(共に文永堂出版)、『野生との共存~行動する動物園と大学』(地人書館)など共編著多数。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。