日本の動物園でライオンやチーターを繁殖させても、それらをアフリカの生息地に戻すのは、今のところ想定し難い。けれど、ツシマヤマネコの場合は生息地における保護活動とワンセットになっていることが前提だ。その一点だけでも、飼育の現場の責任の範囲も重み付けも変わってくる。
この場合、動物園は、絶滅危惧種の保護や、その一つの手段としての野生復帰という一大事業の中で、飼育繁殖技術を確立するための「研究室」の一つでもあるのだ。
大学の研究室ではなく、あえて動物園でツシマヤマネコの話を聞きたかった背景にはそんな事情がある。
日本の絶滅危惧種を預かる「プライド」を熱く語る唐沢さんの言葉に耳を傾けつつ、ふと気づくと、周囲の緑に溶け込む薄緑のジャケットを身にまとった淡々とした雰囲気の人物が近くからこちらを見ていた。
日本獣医生命科学大学・野生動物学研究室の羽山伸一教授だ。ツシマヤマネコを観察しつつ、唐沢さんと話すうちに、約束の時間になっていた。
羽山さんが研究室を持つ日本獣医生命科学大学は井の頭自然文化園と同じ東京都武蔵野市にあり、距離は至近。もっとも、羽山さんは、前日まで北海道の襟裳岬のゼニガタアザラシのフィールドにいて、そこから大移動をして駆けつけてくださった。
ツシマヤマネコだけでなく、多くの日本の野生動物にかかわる研究と実践を続けてきた立場から、絶滅危惧種の保全増殖についてうかがおう。特に「野生復帰」という魅力的に響くプロジェクトについては、重点的に教えてもらうつもりだ。
つづく
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
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