「栄養と違ってガスは、基本的にすごく測りづらいので、動態を見るのが難しいんです。それで、子宮の表面から酸素が供給されているのではないかと言われてきたんですが、具体的にはわからないんです。実は、マンタでの研究を先にやりまして、マンタの胎仔をエコーを使って行動観察して、少なくともマンタに関しては、子宮の中の液体に溶け込んでいる酸素を、エラ呼吸していることは分かりました。じゃあ、その子宮の中の液体に溶け込んでいる酸素はどこから来たのかというので、取り組んだのがツノザメの研究です」

物理学的アプローチ

 しかし、酸素のようなガスの動態を見るのは難しい。ならばどうするか。冨田さんが取ったのは、物理学的なアプローチだった。ツノザメの胎内のエコーの結果と、子宮から溶け出しうる酸素の物理モデルを作って、果たしてそれで足りるか検討したとだけここでは述べておく。

ツノザメ属の一種。大きな個体でも体長1メートルほど。(写真提供:佐藤圭一)
ツノザメ属の一種。大きな個体でも体長1メートルほど。(写真提供:佐藤圭一)
親魚のエコー画像を撮っているところ。(写真提供:佐藤圭一)
親魚のエコー画像を撮っているところ。(写真提供:佐藤圭一)
これが胎仔。ツノザメは卵黄依存型胎生で、発生初期には外卵黄嚢をもつ。(写真提供:佐藤圭一)
これが胎仔。ツノザメは卵黄依存型胎生で、発生初期には外卵黄嚢をもつ。(写真提供:佐藤圭一)

「結論としては、子どもが必要な酸素量の恐らく3割に満たない量しか、子宮は酸素を供給できないとわかりました。となったら、じゃあ、その酸素はどこから来てるのかっていうのは、正直なところ、いまだに謎のままです。ただ、恐らく一番可能性としてありそうなのは、子宮の羊水として海水を使っているんじゃないかということです。子宮の中の液体を海水と定期的に入れかえてるのではないかと。そうすれば、海水中に溶け込んでる酸素を使えますから」

 よく、人間を含めて哺乳類の羊水のことを海に例えることがある。進化史的な意味はありつつも、基本的には比喩的な表現だ。しかし、海の中に住むサメは、羊水として海水そのものを使っている可能性があるというのである。これが本当なら、かなりびっくりさせられる。それ自体、サイエンスとしておもしろい。

 そして、この研究センターでは、同時にこんなことも考える。ふたたび、佐藤さんが話を引き取って続けた。

「栄養と酸素が分かれば、老廃物をどうするかという問題があるんですが、そこまでいけば、サメの子宮の環境が分かる。人間でも早産の時に赤ちゃんを保育器に入れたりしますけど、それと同じようなことをサメでできる日が来るかもしれません。もちろん、同じ環境を人間がつくり出そうとすると、もう膨大な作業をしなきゃいけないですし、分からないことの方が多いですけどね」

 サメの保育器! やはり、水族館を持っている組織の研究者だ。飼育と研究を横断する発想だと思う。

 ぼくは、その言葉で、一瞬、300頭のジンベエザメの胎仔が、人工羊水の水槽の中に浮かんでいる様子を思い浮かべた。頭の中から溢れ出すみたいな強烈な印象で、むせるくらいだった。

研究に力を入れている沖縄美ら海水族館のサメコーナーは「サメ博士の部屋」という名前がぴったりの内容の濃さだった。
研究に力を入れている沖縄美ら海水族館のサメコーナーは「サメ博士の部屋」という名前がぴったりの内容の濃さだった。

おわり

佐藤圭一(さとう けいいち)

1971年、栃木県生まれ。沖縄美ら島財団総合研究センター動物研究室室長。水産学博士。専門は軟骨魚類(サメ・エイ類)の比較解剖学および繁殖生態学。1994年、北海道大学水産学部水産増殖学科卒業。2000年、北海道大学院水産科学研究科博士課程修了。同年、(社)沖縄海洋生物飼育技術センターに勤務し、(財)海洋博覧会記念公園管理財団(沖縄美ら海水族館)を経て、2013年より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語の前編『青い海の宇宙港 春夏篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松栄一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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