どちらかというと博物館で標本を見る方向に振れつつあった佐藤さんの研究がいっきに生きたサメへと展開したのは、沖縄美ら海水族館の「開館」がきっかけだ。もともと、1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会の施設を使った国営沖縄記念公園水族館があったところに、施設の老朽化から、新水族館ができた。改称して沖縄美ら海水族館となった。飼育繁殖にかかわる研究に定評がある水族館だったが、さらに研究を分厚くする体制に舵を取った。

世界の最先端

「当時の館長の内田詮三さんが、深海の大きな展示をつくりたいから、来てもいいよって言ってくださったんです。ですから、自分の研究も、深海の生物を飼育下で観察できるようにするという目標に、ちょっと変わって、さらに水族館全般を見わたして、サメ類を網羅するような仕事をするようにもなってきたんです」

生きたサメを研究できるのは水族館という環境が整っているからこそ。
生きたサメを研究できるのは水族館という環境が整っているからこそ。

 水族館で研究、というのを意外に思う人もいるかもしれない。

 もちろん、水族館は「レクリエーション」の場として作られているけれど、同時に研究の場であり、自然保護への貢献の場でもあるのが、現代的な水族館(や動物園)のミッションだ。日本では、研究のウェイトはあまり高くなくて、常勤の研究者がいる園館は少ない。沖縄美ら海水族館と、沖縄美ら島財団総合研究センターは、水族館をベースにした研究者が何人も(博士号取得済みの研究職が9名! そのうちサメの研究に関わっている人が5名!)もいる、非常に珍しいところだ。サメの繁殖生理学の分野では、世界の先端領域を切り拓いている。

 佐藤さんは、形態学・解剖学の世界から、生きているサメや水族の世界に飛び込んできたけれど、話をうかがいつつ、子どもの頃に海にかかわる「スケールの大きな」研究をしたいと思ったという挿話を思い出すことしきりだった。こと、サメに関する限り、普通に研究する時に、相手にするのは死んだ標本だけだからだ。博物館はもちろん、漁船に同乗してフィールドワークするにしても、結局は死んだものを手にして研究室に持ち帰ることになる。「生きたまま」の研究は、とてもむずかしい。だから、サメの生活史ひとつをとっても、とっかかりを得るためには、飼育して繁殖させるところから始まる。佐藤さんは、沖縄で水族館と海、二つのフィールドを股にかけることで、世界中のサメ研究者の中でも、とびきりスケールの大きな「足場」を手に入れることができた。

 繁殖生理の研究は飼育下繁殖の成功に直結しているし、飼育下繁殖が成功すると歯車がまわるように研究のサイクルがまわる。最近、水族館や動物園では、動物を野生から連れてくるより、できるだけ飼育下で繁殖したものを見せようとする動きが強まっている。特に大型の生き物はそうだ。サメやエイの繁殖の成功は、その動きにも合致する。

「危険ザメの海」のバックヤード。
「危険ザメの海」のバックヤード。

国立科学博物館特別展「海のハンター展」開催

(写真提供:日本経済新聞社)
(写真提供:日本経済新聞社)

2016年7月8日(金)から10月2日(日)まで、東京上野の国立科学博物館で、佐藤さんが作成したホホジロザメの全身標本が展示される「海のハンター展」が開催されます。開館時間、休館日ほか、詳細は公式ホームページをご覧ください。

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