さらに、イタチザメの研究で、佐藤さんはこれまでにない栄養供給の方法を発見してしまった。すでに説明した中にはなかった新しいタイプだ。イタチザメというと、人間に攻撃をしてくる可能性がある「御三家」のなかのひとつとして、ニュースに出てくる回数は多いのに、これまで繁殖の仕方がまったく分かっていなかったのだという。

薄いスープ

「すごくメジャーなサメなんですけど、胎内で子どもがどうやって大きくなってるのかわからなかったんです。メジロザメ類なので、近縁の種は、みんな胎盤を持ってるんですね。でも、イタチザメだけが持ってなくて、いったいどうやっているのか、と。もちろん、卵黄依存なのかもしれないとは考えますが、卵黄がそれほど大きくないし、生まれてくる子は80センチから90センチぐらいになっていて、そのための栄養がどこから来ているのかずっと謎だったんです」

イタチザメは子どもにスープを与えていることが佐藤さんたちの研究によって今年明らかになった。イタチザメの子宮の中の様子を示す、これも貴重な1枚。
イタチザメは子どもにスープを与えていることが佐藤さんたちの研究によって今年明らかになった。イタチザメの子宮の中の様子を示す、これも貴重な1枚。
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 沖縄ではイタチザメは比較的よく捕獲される。それで、妊娠しているものを解剖して、子宮の液体を集めたりして、10年以上かけて研究した。その結果、ミルクでも、卵でもなく、「スープ型」の栄養供給ではないか、ということになった。

「子宮の中に雑多な有機物がゴチャゴチャ入ってたスープが満たされているんです。特定の物質がひとつドンと分泌されているわけではなくて分析しづらかったのですが、その液体の有機物量を見ると、『薄いスープ』くらいだったというふうに言っています」

 薄いスープとは、例えばコンソメスープくらいだろうか、などと想像したが、写真を見せてもらったら、それよりももうちょっと濃いかもしれない。たしかにミルクよりは栄養的に劣っても、充分に意味のある栄養供給たりえるだろう。

 いやあ、それにしても、「繁殖様式のデパート」からは、まだまだ色々出てきそうだし、本当に生命の神秘を感じてならない。

 では、なぜ、そこまでサメの繁殖は多様化したのだろうか。

「なぜでしょうね(笑)まあ、サメは歴史が非常に古いので、そういう意味では長い時間かけて多様性を形成することができたこと。あと、サメって、世界の海洋のほぼすべて、極域から赤道域まで、浅海から深海までカバーしてるんですね。多分、そういうものに適応する過程で、外洋で生まれるものであれば、卵を産んじゃったら大変なことになるので、恐らく胎生というものが発達して、なおかつ、そういうところではある程度大型な子どもを産まないと、すぐに捕食されてしまうから大きな子を産もうと。そういう中で、保育のシステムが、それぞれ系統的に独立しつつも、戦略を発達させていったんだと思います」

 やっぱり、生命の神秘、進化の神秘である。そんな紋切型こそが、まさに、ふさわしくかんじる。

つづく

佐藤圭一(さとう けいいち)

1971年、栃木県生まれ。沖縄美ら島財団総合研究センター動物研究室室長。水産学博士。専門は軟骨魚類(サメ・エイ類)の比較解剖学および繁殖生態学。1994年、北海道大学水産学部水産増殖学科卒業。2000年、北海道大学院水産科学研究科博士課程修了。同年、(社)沖縄海洋生物飼育技術センターに勤務し、(財)海洋博覧会記念公園管理財団(沖縄美ら海水族館)を経て、2013年より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語の前編『青い海の宇宙港 春夏篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松栄一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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