「トラフザメの場合、1年周期で性周期があるのが分かっていて、それをモニタリングして、ジンベエザメに応用できるホルモンなどの指標を見つけようとしているわけです。それと、うちの飼育のほうの職員が、水中にエコーの機械を持って行って、メスの体内で今、卵がどこの位置にあるか、大きくなってるかどうか、記録しているんです。それも克明に血液の動態と同時に観察しています。それで、血液の指標と卵の状態が分かってきます。こんなことやってる研究はほかにはないと思います」

卵黄か母体か

 後で水族館のバックヤードを案内してもらった時に、トラフザメが産卵した卵が大量にストックしてあるのを見せてもらった。人間の手のひらよりも大きな、立派な卵だ。殻はコラーゲンでできている。硬質だが、指で押すとベゴベゴする程度の柔軟性があり、つまり、割れにくい。自然界では、岩にへばりついたり、砂をまとわりつかせてアンカーにして、海底にどっしりと落ち着いて、半年くらい孵化の瞬間を待つそうだ。

トラフザメの卵。指で押すとベゴベゴする。
トラフザメの卵。指で押すとベゴベゴする。

 あれ? と思った読者は、正しい。

 系統的に近いということだけれど、ジンベエザメは、卵を産まずにお腹の中で胎仔を育てていたことになっている。少なくとも台湾の写真では。ということは、卵を産み落としているトラフザメの繁殖とは違うのではないだろうか、という疑問。

 この件、ぼくも話をうかがううちに気になって確認した。

「たしかに、そこは違うんですが、卵の殻をつくってお腹の子宮(輸卵管)の部分に送り込むまでは、すべてのサメで同じ様式を取るので、トラフザメもジンベエザメもそこまでは同じと考えています。そこから先、胎内で子どもが孵化してお腹の中に出るか、それとも卵のまま外にでるかの違いなんですよ。そういう意味では、胎生・卵生って、我々からしてみると、大きく違うようには見えるんですが、実際のところそれほど大きな差ではないんです」

 そういえば、サメは「繁殖様式のデパート」と言われていたっけ。卵生と胎生の違いは、陸上で言えば、トカゲなどの爬虫類と人間を含む哺乳類の違いに相当するわけで、それを「大きな差ではない」と言ってしまえるだけの多様性が、サメにはあるのだろうか。

「卵生か胎生かって、産み方に着目して言っているわけです。でも、繁殖様式とその進化を理解するには、産み方よりも、母体と胎仔の関係を見なければならないと考えていまして、その点で大事なのは、母体に栄養を依存しない卵黄依存か、何らかの形で母体から栄養供給を受ける母体依存か、というところです。これは、研究者の間でも最近、よく言われる考え方なんです」

 ちょうど世紀の変わり目から2010年代にかけて、サメの科学でも大きく考え方が変わり、単純に「産み方」から卵生と胎生に分けて考えるのではなく、栄養を卵黄依存するか、母体依存するか、という軸でも考えるようになってきたのだそうだ。この話題は、ジンベエザメの繁殖についての話題をはるかに超えて、生命進化の一大トピックに発展していく予感だ。

「黒潮の海」にいる3匹のジンベエザメのうち1匹はオスで、3年ほど前に成熟した。今は残り2匹のメスの成熟を待ってるところ。メスが成熟し、繁殖が実現したら多くの謎が一気に解明されるに違いない。
「黒潮の海」にいる3匹のジンベエザメのうち1匹はオスで、3年ほど前に成熟した。今は残り2匹のメスの成熟を待ってるところ。メスが成熟し、繁殖が実現したら多くの謎が一気に解明されるに違いない。

つづく

佐藤圭一(さとう けいいち)

1971年、栃木県生まれ。沖縄美ら島財団総合研究センター動物研究室室長。水産学博士。専門は軟骨魚類(サメ・エイ類)の比較解剖学および繁殖生態学。1994年、北海道大学水産学部水産増殖学科卒業。2000年、北海道大学院水産科学研究科博士課程修了。同年、(社)沖縄海洋生物飼育技術センターに勤務し、(財)海洋博覧会記念公園管理財団(沖縄美ら海水族館)を経て、2013年より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語の前編『青い海の宇宙港 春夏篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松栄一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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