「サメって成熟するのに時間がかかって、世代間隔が長いんです。だから、一度減るとなかなか回復しない。スクワレンのために捕られているアイザメ属の中に、モミジザメっていうサメがいるんですけど、それにいたっては、成熟に至るまで40年以上かかるんですよ。体長1メートル以上になる、比較的大きな深海鮫です。沖縄あたりですと、水深300から400メートルよりも深いところにいまして、はえ縄や網でとります。はえ縄ならともかく、網でゴソッとやると、そこにいる生き物を全部さらってきますんで、一網打尽になってしまうんです」

ミステリアス

 モミジザメというのはどんなサメか。ネット検索で簡単に情報が出てくる。陸揚げされた後に体が赤く染まった紅葉のような魚体を撮影したものが多い。深海鮫らしく、目が光っている。わずかな光も逃さないように反射膜、いわゆるタペータムがあるのだろう。これが深海で泳ぐ姿を想像するだけで、ゾクゾクする。おまけに成熟まで40年以上かかるというのは、わずか十数年で生殖可能(本当に生物学的な意味でなら)になる人間とくらべても遥かに世代間隔が長い。生き物としてのセンス・オブ・ワンダーに満ちている。乱獲の話題で紹介されたとはいえ、まずはそこに新鮮な驚きを感じた。

アイザメ属の1種であるモミジザメ。深海に暮らし、成熟になんと40年以上!かかる。(写真提供:佐藤圭一)

 何年生きるのだろう。どんなふうに繁殖するのだろう。どんな生活史なのだろう。最初の関心からはかなり方向がズレてきたけれど、本来、自分もこっちの方に興味があるのだった。

「分かっていないことが多いんですよ」と佐藤さん。

「深海鮫にかぎらず、サメという種類そのものがミステリアスです。全然分かってないことが多くて、日々新しい発見が出てくるような、未知の生物ですね。我々が職員同士で話す時も、本当に分かっていないよね、というふうによく話題になります。それで、どこを研究するかということですが、我々の場合、サメがどうやって繁殖するかっていうテーマを一つ、大きく掲げています。サメって、一言で言えば繁殖様式のデパートみたいなもので、卵を産むものもいれば、お腹の中に子宮を作って保育する、つまり、我々、哺乳類と似たようなことをするものもいる。最近、保育するサメがものすごく多いことも分かってきまして──」

 水族館と軒を並べた研究所だから、繁殖研究というのは、たしかに自然なテーマ設定だ。サメという生き物が、ひとつの分類群まるごと謎に満ちており、また、一部のサメは非常に数が減っていて、その回復には繁殖を中心とした生活史の解明が不可欠だという意味では、とても求められている研究でもある。さらにいえば、「繁殖様式のデパート」とまで言われる多様性とは?

 シャークアタックから始まって前振りが長くなったが、これでようやく、佐藤さんたちの研究のコアな部分に入っていけそうだ。

サメの繁殖を研究するには、生きた個体を飼育・繁殖する水族館は格好の施設。

つづく

佐藤圭一(さとう けいいち)

1971年、栃木県生まれ。沖縄美ら島財団総合研究センター動物研究室室長。水産学博士。専門は軟骨魚類(サメ・エイ類)の比較解剖学および繁殖生態学。1994年、北海道大学水産学部水産増殖学科卒業。2000年、北海道大学院水産科学研究科博士課程修了。同年、(社)沖縄海洋生物飼育技術センターに勤務し、(財)海洋博覧会記念公園管理財団(沖縄美ら海水族館)を経て、2013年より現職。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語の前編『青い海の宇宙港 春夏篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松栄一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。