嘘の心理学というテーマは、一般社会からも非常に関心をもたれるので、世の中には「専門家」がたくさんいそうな気がする。しかし、いざ探してみると、アカデミックな立場から研究をしている人は思いの外少なく、ほぼ必然的に村井教授を訪ねることになった。ぼくは、心理学で使う統計学の本の著者として名前を存じ上げていた。

村井潤一郎教授の編著書。心理学だけでなく、統計学の著書もある。

 もちろん「自称専門家」ならたくさんいるし、また、嘘をめぐる「神話」のような言説は世に満ち満ちている。特に「嘘を見破る方法」は人気があって、軽くネット検索すると、「右利きの人は目線が左側(相手から見て右側)に行く」とか、「嘘をつくのが上手かどうかは、利き手で自分のおでこにアルファベットのQをなぞると最後のハネの流れ方で分かる」とか、「人は嘘をつくと表情が口元に集中する」といったことが、あたかもしっかりした証拠があるかのように書いてある。

 しかし、根拠となる論文が併記されていることはまずない。中には科学的知見に基づくものもあるはずだが、伝言ゲーム的に拡大解釈が繰り返されておかしな結論になっていることもありそうだ。

 そういうわけで、村井さんの研究室で取材意図を伝える際、まず、サイエンスとして分かっている水準で手堅い知識を知りたいとお願いしておいた。

文京学院大学人間学部教授の村井潤一郎さん。

 それに対して村井さんは、うんうんとうなずいてから、こんなふうに語り始めた。

「私としても、嘘に対して科学の限りを尽くすのが重要だと思っています。ですので、これから、実験なり調査なりをして得られたデータを統計解析にかけて得られた学術的知見について、よく知られた研究を中心にお話ししたいと思います。その一方で、それ以外のことも大事で、データに基づかないけれども、思考を深めるような話もしたいなと思っています。これらは、どちらか一方だけではダメだと思います。両輪になるべきものです」

 考えてみると、日本の大学で教えられる心理学は、「文系の大学入試」で入学した人たちが、実際には、理学部や工学部で行われるようなサイエンスの方法を要求される典型的な現場だ。実験計画や、もたらされたデータの統計的な取扱いなどは、さほど変わらない。その一方で、「人の心」を扱う学問である以上、ひとつひとつの知見が、人間にとって社会にとってどのような意味を持ち、どう位置づけられうるのか、思いを巡らせることも必要だろう。それがないと、なぜ心理学で嘘の研究をするのか、という部分まで分からなくなってしまうような気がする。