「それで『どう思った』って聞くと、『実はそのときに、父親は覚せい剤で捕まって刑務所にいたんです』と。『おれの父親、人間じゃないんだ』と思って、『人間じゃないやつの子だから、きっと、おれも人間じゃねえよな』って自暴自棄になって、自分から悪いグループに入り覚せい剤を使うようになったというんです。予防教育もいきすぎると、リスクの高い子たちのリスクをより高くする。そういう弊害もあるんです」
予防教育が、リスクの高い子のリスクをむしろ高くする? 人の心がかかわる問題だけに一筋縄ではいかない。あの頃のキャンペーンは、効果を最適化するという発想がなかったのかもしれない。
むしろ近づけてしまう
これは、もちろん予防教育の問題だけではない。
松本さんの体験では、薬物依存に陥った人たちが社会的に猛烈に排斥されるがゆえに、治療のきっかけすらつかめないということが極めて頻繁に起きているという。
これはやっぱり悲劇と言うのに相応しい。大多数の人を薬物から遠ざけることに成功しつつ、ごく一部の人をむしろ、薬物に近づけてしまう仕組みで、我々の社会の薬物にまつわる秩序がかろうじて保たれているということでもあるのだから。
つづく
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
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1967年、神奈川県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年、佐賀医科大学医学部卒業。国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部などを経て、2004年、国立精神・神経センター精神保健研究所に入所。2015年より現職。『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』(講談社)『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)などの著書や、『SMARPP-24 物質使用障害治療プログラム』『よくわかるSMARPP あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)『大学生のためのメンタルヘルスガイド 悩む人、助けたい人、知りたい人へ』(大月書店)『中高生のためのメンタル系サバイバルガイド』(日本評論社)などの共編著書多数。
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)など。近著は、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、どこまでも遠くに行く宇宙機を打ち上げる『青い海の宇宙港 春夏篇・秋冬篇』(早川書房)。また、『動物園にできること』(第3版)がBCCKSにより待望の復刊を果たした。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
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