「僕は生きている鳥よりも、死んだ鳥の方が好きなんですよ。じっくり見られるから」などと、まずは人を食ったトーンで語りつつ、川上さんはキャビネットの引き出しを引いた。

いわゆる仮剥製、鳥の内臓や筋肉を抜き取った上で防腐処理を施し、きれいに縫い合わせた標本がたくさん出てきた。研究用の標本は、生きている時の姿のように固定するのではなく、計測しやすい仮剥製の方がよいとされる。博物館の展示で見るようなポーズを取った剥製は、むしろ「見せるため」のものなのだそうだ。
ただし、川上さんの目当ては、研究者御用達のはずの仮剥製ではなかった。

一番奥のキャビネットの引き出しから出てきたのは、透明なビニール袋に小分けされた骨である。1羽分がひとつの袋におさめられている。
「鳥の標本って仮剥製が多くて、骨の標本は少ないんですよ。僕は自分の研究のために骨の標本が欲しかったので、自分でつくり始めたんです。飛んでいる鳥を観察しても、なかなか細かいところは見れないわけですけれども、骨ならいくらでも見れる。で、骨は硬いからいくらでもとっておけます。生きてる鳥を100個体比較するのは難しいけれど、死んでる鳥の骨であれば、100個並べて、お、ここの角度が違うとかっていうことができるわけじゃないですか。それはもう大きな魅力ですよね」

袋から鳥の骨を取り出して手のひらに載せたまま、川上さんはこんなふうに語り起こした。
「それで、すごいなと思うのは、アマツバメですね。飛ぶことに特化していて、それこそヨーロッパのシロハラアマツバメでは6カ月間地上に降りなかったとかいう記録がありますけれども、上腕骨がすごく短いんですよ。鳥って、人間で言えば肩から肘までにあたる上腕骨には、飛ぶために必要な風切羽(かざきりばね)はついていなくて、肘から先に風切羽があるんです。アマツバメは、上腕骨を極端に短くして、風切羽のある部分の割合を大きくして、おまけに足も短くて、飛ぶことに特化しています。翼を折りたたんだら長い羽根が邪魔になったり、足が短いと引きずったりしますから、地上で歩いたり、木の上にとまったり、何か障害物があるようなところで生活しようと思ったらこの形態は成立しないんですよ」
ほとんどの時間を飛んで過ごすアマツバメは、空を飛ぶ鳥の本質をきわめたような存在なのである。それが、川上さんが言う鳥の「すごい」の一例だ。
その一方で、鳥は進化の中で飛べなくなったり、あるいは飛べても、ちょっと違うアプローチを取ることもある。

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