わたしたちの視覚には「色」がある。だから、色があるのは当たり前と思うかもしれないけれど、色覚を持たない動物も多い。なぜわたしたちには色覚があり、どのように進化してきたのか。魚類から霊長類まで、広く深く色覚を追究している河村正二先生の研究室に行ってみた!
(文=川端裕人、写真=内海裕之)
霊長類は教科書的に言っても、視覚の動物であるというふうに昔から言われている。発達した視覚システムが霊長類の大きな特徴だ、と。
眼球が正面を向いていて立体視ができるとか、視細胞の密度が高くて、空間解像度が高い(デジカメでいうと、画素が多い)とか、さらには3色型色覚。
前回は、魚類の色覚の話で、ゼブラフィッシュは4色型色覚を持つのみならず、水面方向と正面や水底方向で、網膜上に違うセンサーのセットを持っていることを知った。
森の中の有利性
しかし、哺乳類は、魚類のみならず、両生類、爬虫類、鳥類とは違って、いったん2色型色覚になっており、霊長類で3色型になったという経緯を持っている。
魚類から哺乳類まで、広く深く色覚の進化を研究する河村正二さん。
「中生代の恐竜の時代、おそらくわれわれの祖先は、夜行性の小動物だったと考えられていて、暗いところでは高度な色覚は必要なかったと考えられています。むしろ夜行性への適応をしたほうが、はるかに彼らにとってはよかったのではないかと。それで基本的に脊椎動物は4色型なんだけれど、哺乳類は錐体を2種類失って、2色型になったんです。霊長類以外の哺乳類はだいたいそうです」
というわけで、今、視覚の動物である霊長類は、失った緑のオプシンを、赤のオプシンを変異させることで、また、青のオプシンは、紫外線オプシンを青方面にスライドすることで、RGBの色空間を得た。その背景には、霊長類が暮らしていた森の環境があるのではないか、と考えられている。
「葉の緑と果実が熟した時などの赤を識別できるかというと、2色型はできないんです。明度(明暗)が違えば識別できますけど、同じ明度で、色度だけをたよりに区別しようとしても完全に埋もれてしまう。2000年に発表された有名な研究があって、森の中での3色型色覚の有利性を示した図があります。これを見てください」
縦軸はどちらも「黄―青」色度。左右のグラフの横軸が異なる。左は「緑―赤」の色度、右が明度(明暗)。薄い灰色の点が葉、濃い黒の点が果実だ。(画像提供:河村正二)( Sumner, P., & Mollon, J.D. (2000). Catarrhine photopigments are optimized for detecting targets against a foliage background. The Journal of Experimental Biology, 203, 1963-1986のFig. 8の改変)
縦軸に「黄─青」をとって、横軸に「緑─赤」を取る。本当は赤緑青のRGBの色空間で見るとよいのかもしれないが、簡略化するため適切な切り口で2次元に落としていると考えてほしい。横軸に「緑─赤」を取ってあるのは、2色型と3色型の色覚の違いが、ここを識別できるかどうかにあらわれるからだ。
3色型で見分ける
さて、この平面の中で、森の中にある葉は縦に並ぶ。つまり、「黄─青」成分は様々だが、「緑─赤」成分は「葉は緑」ということでだいたい同じなのだ。一方で、熟した果実は、葉とは離れたところにかなりばらついて分布している。どうやら、3色型の色覚を持っていれば、葉と熟した果実を、色覚を使って見分けられそうだ。
一方、2色型の色覚では、「緑─赤」が区別できないので、横軸に「明暗」を取ってみる。つまり、「緑─赤」の色覚の代わりに、明暗を手がかりにするとどうなるか。すると、葉と果実はぐちゃーっと混ざってしまった。区別できそうにない。
「3色型の色覚なら、緑の背景から黄色やオレンジや赤っぽい果実がポップアップして見えるということです。そういう効果は遠距離ほど緑の背景が同時にひとつの視野に入るわけで、効いてくるはずです。近寄ってみれば、2色型でもそれなりに識別できるはずなんですが」
なにかこれですっきり説明できてしまった気がする。ストーリーとしてとてもよくできている。河村さんの研究でも、狭鼻猿類、つまり、ヒトに近い類人猿やニホンザルのグループは、「恒常的な3色型」で、森の中で果実を見つけやすい。
「類人猿やニホンザルを含む狭鼻猿類の3色型色覚は、非常に保守的なんです。つまり、非常によく保存されていて、例外が少ないという意味です。恒常的3色型といいます。僕たちの研究では、東南アジアの小型類人猿テナガザルを調べました。生息地の東南アジアのいろんなところからDNAサンプルを集めてきて、3属9種、個体数で152個体、まったく例外なく普通の3色型でした」
そして、河村さんたちは、集めたテナガザルのサンプルから、「3色型色覚が非常に強固に守られている」ことも、しっかりと示した。この話は、さらにさっきまでのストーリーを補強するもので、やっぱり、霊長類は3色型色覚が有利よね! という話になる。
ところが!
ヒトのことを考えると、とたんに「景色」が変わる。
というのも、ヒトはバリバリの「狭鼻猿類」なのに、はっきりと「色覚多型」があるからだ。つまり、3色型ではない個体(人)が、普通に混じっている。
半分がハイブリッド
「ヒトをサーベイすると、通常の3色型色覚だけではなくて、緑オプシンと赤オプシンの遺伝子の前半と後半が組み換わったハイブリッド・オプシンが、50パーセント近く見られます。こういうのは、テナガザルを150個体以上みても、1個体もいませんでした」
混乱した。
ヒトの50パーセントが、テナガザルにまったく見られなかった「ハイブリッド・オプシン」を持つという。緑オプシンと赤オプシンの遺伝子の前半と後半が入れ替わったものだ。これって、つまり、「色覚異常」ということなのではないのだろうか。ヒトの半分が「色覚異常」、というのは聞いたことがない。
「これは、軽微な変異を含んでいるんです。軽微というのは、遺伝子の入れ替わり方によっては、色覚の検査をしても検出できないくらいの違いしか出ないものです。『軽微な変異3色型色覚』と言っています。でも、別の組み合わせになると検出できる違いが出てきて、『明確な変異3色型色覚』になります。これが赤緑色弱と呼ばれてきたわけです。さらに、2色型色覚があってこれは赤緑色盲と呼ばれてきました。明確な色覚の変異の頻度は、ヒトの場合、男性の3~8パーセント。あいだをとってだいたい5パーセントです」
2~5段目にある赤と緑の2色を含む矢印が「ハイブリッド・オプシン」を表している。ハイブリッド・オプシンを持つヒトの割合は50%にのぼり、一般的な色覚検査では検出できない場合も多い。ヒトのオプシンには高い多様性があることが多くの研究から分かっている。(画像提供:河村正二)(文献は省略)
なるほど、これで納得できた。
ぼくたちが日常的な意味で使う「色覚異常」は、男性の5パーセント。今更なかんじだけれど、注釈すると、「男性」なのは、赤オプシンとそこから派生した緑オプシンの遺伝子は性染色体(X染色体)の上にあり、どちらかに変異があると、X染色体が1本しかない男性の場合は直接効いてくるからだ。女性はX染色体を2本持っているので、変異があっても、正常型も同時に持てば、そっちでカバーできる。だから、「色覚異常」は基本的に男性に多い。
さらに、用語について注釈しておくと、日本眼科学会では、2007年以来、「色覚異常」という言葉は使っても、色盲や色弱という言葉は使っていない。色盲は「2色覚」(まれだが1色覚もあり得る)で、色弱は「異常3色覚」だ。色盲や色弱という言葉に、否定的な響きかあるというのが大きな理由だ。「異常」というならやはり否定的ではないか、という意見もあるけれど、本稿では基本的に日本眼科学会の用語に従うことにする。
新世界ザルに注目
さて、ヒトの場合、男性の5%だった「色覚異常」が、テナガザルではゼロ。チンパンジーでは、0.6パーセント。カニクイザルなどのマカクでは、さんざん探して0.4パーセントとの報告だという。ヒトとは文字通り「桁」が違う。
これは、ヒトだけの特殊事情なのだが、なぜこういうことになっているのだろう。
ヒトのことだけに気になる。
では、ヒントはどこにあるだろう。
「僕たちは、新世界ザルに注目しました」と河村さん。
新世界ザルとは、ユーラシア、アフリカの旧世界ザル(主に狭鼻猿類)に対する呼び方で、文字通り、「新大陸」の中南米に分布するグループだ。広鼻猿類ともいう。クモザルやオマキザルやホエザルやタマリンや、中南米の霊長類はこの中に入る。英語だとニューワールドモンキーだ。
「新世界ザルでは、色覚多型であることがごくふつうなんです。ひとつの集団の中に2色型と3色型がふつうにいるので、彼らの果実採食効率を比較するとかすれば、3色型色覚が本当に果実を食べるのに良いのかとか、さまざまな色覚型を持つ意味が検証できるだろうということです」
つづく
1962年、長崎県生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻・人類進化システム分野教授。理学博士。1986年、東京大学理学部卒業。1991年、東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程を修了。その後、東京大学および米国シラキュース大学での博士研究員、東京大学大学院理学系研究科助手などを経て、2010年より現職。魚類と霊長類、特に南米の新世界ザルを中心に、脊椎動物の色覚の進化をテーマに研究している。
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
『ナショナル ジオグラフィック日本版』2016年2月号でも特集「不思議な目の進化」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。ぜひあわせてご覧ください。
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