前提として、時間知覚についての特殊事情がある。我々が、脳のどこで時間を知覚しているのか、ということだ。

「視覚には視覚皮質が後頭部にあると分かっていますし、聴覚にも聴覚皮質があります。運動は運動皮質があって、皮膚感覚みたいなものに対しては、体性感覚皮質がある。fMRIが出てきて20年くらいたって、脳の局所の活動って、もう大体わかってきているんです。でも、時間皮質というのは、見つかっていないんです。ということは、脳のいろんなところを全部使っているんですね。脳のグローバルなネットワークとしての活動の結果、時間の知覚というのが生まれるんだと」

 脳に時間皮質があるかもしれないと探した研究者は、これまでにもたくさんいたそうだ。しかし、結局、見つからなかった。どうやら、脳全体のネットワークの中で、時間は知覚されるらしい。だから、この現象を神経レベルで解明するためには、脳の局所ではなく、全体を見る必要が出てくる。

エントレインメント

「まず、時間知覚について、代表的なモデルとして、ペースメーカーモデルというのがあります。脳のどこかにチクタク、リズムを刻んでいるところがあって、そのリズムを数え上げて、加算していく場所もある、と。そして、加算のスイッチをオンにしてからオフにするまで、いくつのパルスが入っていたか読み出すようなメカニズムがあれば、時間が知覚できるというような考え方です」

 四本さんがぼくに見せてくれた画面の図形を思い出す。それが、最初に画面に現れた時に加算のスイッチをオンにして、その「チクタク」の回数を足し始める。そして、図形が消えてしまったらスイッチをオフにして、オンオフの間に、どれだけの「チクタク」が刻まれたかを見ることで時間を知る。ある意味すごく単純なモデルだ。

 では、このモデルを受け入れるとして、どのような神経活動が時間を「歪ませる」きっかけになっているのだろう。

「チカチカ点滅する光を見ていると、ペースメーカーが影響されて速く動くことになるんじゃないかと考えたわけです。ペースメーカーの周波数を、点滅する光の周波数に引き込んでいくことができるんじゃないか、と」

 引き込み現象(エントレインメント)というのは、要は、「つられてしまうこと」「同期してしまうこと」ことだ。それにわざわざ名前がついているのは、20世紀後半からの研究で、これまでばらばらに知られていた現象が、数理的には同じ枠組みで議論できることがわかったからだ。

 例えば、机の上にある2つのメトロノームや、壁にかかった2つの振り子の周期が次第に同期していくような現象が古くから知られているけれど、そういった物理学的な対象のみならず、心臓の律動や歩行のリズム、ホルモンの概日変化など生物学・医学にかかわる対象も「引き込み現象」として捉えられている。