目で見ているものが「実際」とは違って見えてしまうことを指す「錯視」。この錯視を含め、見たり聞いたり考えたりしているときの脳の活動を測定して、「時間の知覚」「多感覚統合」「脳の性差」など、人間の内なる活動のメカニズムを探る四本裕子先生の研究室に行ってみた!(文=川端裕人、写真=内海裕之)
コンピュータのディスプレイには、単純な丸い図形が浮かんでいる。
その「丸」が画面に出ている時間がどれくらいかというのが、あらかじめ与えられている問いだ。
最初に提示される画面では、図形が何秒か継続的に提示されたあとで消える。
次に、同じ図形が点滅してから消えるのを見る。
どちらが長い?
単なる「丸」に続いて点滅する「丸」が見えます。※明るい場所で、画面から十分に離れてご覧ください。(提供:四本裕子)
さて、どちらの時間が長かったか。
後者の点滅する図形の方が、明らかに長く提示されていた。
しかし、実際には、提示された時間は同じだと知らされる。
結構、衝撃的だ。
時間が歪む
錯視に似ているが、単純に錯「視」というわけでもなかろう。むしろ、時間知覚における錯覚、というのがしっくりする。
なぜ、チカチカ点滅するだけで、時間が長く感じるのか。謎だ。こんな単純なことで、ぼくたちが感じる「時間」が変わってしまうなんて!
「時間知覚」を研究テーマのひとつとする東京大学大学院総合文化研究科准教授の四本裕子さん。
「だいたい、1.2から1.3倍くらい長くなったと感じるみたいです」と四本さん。
点滅だけで時間知覚が2割、3割長くなる。
「これ自体はよく知られた現象で、いろんな人が報告しているんですが、じゃあ、なぜ、何でチカチカすると長く見えるのっていう説明には、いろんな説があるんですね。1つは、チカチカすると、そこに注意が向いて、自分の心的資源がより多く費やされるので、長く見えるんだとか。でも、わたしは、それじゃつまんないなと思って。なぜ時間が歪むのか、神経活動レベルで説明したいと思ったわけです」
前提として、時間知覚についての特殊事情がある。我々が、脳のどこで時間を知覚しているのか、ということだ。
「視覚には視覚皮質が後頭部にあると分かっていますし、聴覚にも聴覚皮質があります。運動は運動皮質があって、皮膚感覚みたいなものに対しては、体性感覚皮質がある。fMRIが出てきて20年くらいたって、脳の局所の活動って、もう大体わかってきているんです。でも、時間皮質というのは、見つかっていないんです。ということは、脳のいろんなところを全部使っているんですね。脳のグローバルなネットワークとしての活動の結果、時間の知覚というのが生まれるんだと」
脳に時間皮質があるかもしれないと探した研究者は、これまでにもたくさんいたそうだ。しかし、結局、見つからなかった。どうやら、脳全体のネットワークの中で、時間は知覚されるらしい。だから、この現象を神経レベルで解明するためには、脳の局所ではなく、全体を見る必要が出てくる。
エントレインメント
「まず、時間知覚について、代表的なモデルとして、ペースメーカーモデルというのがあります。脳のどこかにチクタク、リズムを刻んでいるところがあって、そのリズムを数え上げて、加算していく場所もある、と。そして、加算のスイッチをオンにしてからオフにするまで、いくつのパルスが入っていたか読み出すようなメカニズムがあれば、時間が知覚できるというような考え方です」
四本さんがぼくに見せてくれた画面の図形を思い出す。それが、最初に画面に現れた時に加算のスイッチをオンにして、その「チクタク」の回数を足し始める。そして、図形が消えてしまったらスイッチをオフにして、オンオフの間に、どれだけの「チクタク」が刻まれたかを見ることで時間を知る。ある意味すごく単純なモデルだ。
では、このモデルを受け入れるとして、どのような神経活動が時間を「歪ませる」きっかけになっているのだろう。
「チカチカ点滅する光を見ていると、ペースメーカーが影響されて速く動くことになるんじゃないかと考えたわけです。ペースメーカーの周波数を、点滅する光の周波数に引き込んでいくことができるんじゃないか、と」
引き込み現象(エントレインメント)というのは、要は、「つられてしまうこと」「同期してしまうこと」ことだ。それにわざわざ名前がついているのは、20世紀後半からの研究で、これまでばらばらに知られていた現象が、数理的には同じ枠組みで議論できることがわかったからだ。
例えば、机の上にある2つのメトロノームや、壁にかかった2つの振り子の周期が次第に同期していくような現象が古くから知られているけれど、そういった物理学的な対象のみならず、心臓の律動や歩行のリズム、ホルモンの概日変化など生物学・医学にかかわる対象も「引き込み現象」として捉えられている。
四本さんの見立ては、チカチカ点滅する光を提示されると、脳内で時間をカウントするペースメーカーが、光の点滅に引き込まれるのかもしれない、ということだ。そして、そうやって、ペースメーカーの周期が変われば、例えば、実際に3秒たつ前に「3秒たった!」とシグナルが出て、被験者は点滅の時間を3秒よりも長く感じることになる。
「これ2016年に発表した行動実験の結果と、さらに昨日ちょうど書き上げたばかりの論文なんですけど──」
そう言いながら、発表ほやほやの論文と発表前の論文と図表を並べて見せてくれた。
3秒ニューロン
「まず脳波で実験をやってるんです。光がチカチカする刺激とチカチカしない刺激のどっちが長く感じたみたいなのをいろいろやって、チカチカさせる刺激の周波数を、例えば11ヘルツ(1秒間に11回)だったり、15ヘルツだったり、30ヘルツだったり、いろいろ変えてあげると、時間を長く感じたり、あんまり長く感じないものが出てきたりします。11ヘルツでは長く感じるんですが、その時に、実際に11ヘルツあたりにやっぱり脳波のピークがくるので、ちゃんと引き込みが起きてますよといったことを検証しています」
ここで、はたと気づくのは、ここまでペースメーカーと呼んできたものは一体何なのか、ということ。
それは、つまり脳波、なのか。
脳に視覚皮質や聴覚皮質はあっても、時間皮質は存在しない。
脳波というのは、脳の活動によって生じる微小な電位変化を捉えているものだから、そのペースメーカーなるものが刻むリズムが脳波として観察されても不思議ではない。あるいは、とりたててペースメーカーのために発しているわけではない脳波の周期を、時間のカウントに使っているということもありそうだ。
ここで、注目すべきなのは、11ヘルツという周波数である。
「これ、いわゆるアルファ波の周波数です。9ヘルツから13ヘルツくらい。視覚皮質がある脳の後ろの部分って、他の脳科学の知見でもアルファ波が一番出やすい部分です。それが、ペースメーカーになっている可能性があるんですね。あくまで数理モデルなんですが、3秒を検出するニューロンがあると仮定して、例えば9ヘルツから13ヘルツぐらいの間でリズムを刻んでいたものが、たとえば11ヘルツや12ヘルツにぎゅっと引き込まれたときに、このニューロンは、3秒よりもちょっと前に3秒たったよっていう信号を出してしまう。なので、実際の3秒がやや長く知覚されるみたいなことが起きるんです」
ここで、注意すべきなのは、視覚皮質のペースメーカーが、ある特定の周波数でだけ刻まれているというわけでもなくて、9~12ヘルツくらいの間の周波数のものが重ね合わさって同時に存在している中で、だいたい3秒を検知して信号を出すニューロン、というのを想定しているということだ。そこに11ヘルツだの12ヘルツだので点滅する視覚刺激を与えて、引き込みが起きると、その「3秒ニューロン」が予定よりもはやく3秒を検知してしまうというのである。あくまで数理モデルだが、それが、四本さんたちのこれまでの実験ととてもよく合っている。
そこでふと思う。
今まで、時間を長く感じる方のことを話題にしてきたけれど、逆に短く感じることってないのだろうか。たとえば、想定上の「3秒ニューロン」が、実際の時間よりも長いことかかってやっと「3秒経過!」と信号を出すとか。
「よい質問です。我々の研究では、視覚刺激では短くはならないです。実験的にも、シミュレーションとしても」
でも、ここで、四本さんがにっこり、謎の微笑みを浮かべた。良い質問というのには、なにか別の要素があるようだ。
「視覚では、いわゆるアルファ波が、引き込みに一番重要な帯域だろうっていうのがわかったわけです。じゃあ、同じ周波数を使って聴覚でやってみようと。今度は11ヘルツのチカチカではなく、11ヘルツのトゥトゥトゥトゥっていう音を出したらどうなるかと。で、それをやってみると、今度は時間が短く感じられる。同じ周波数を使って、視覚刺激だったら長く見えて、でも聴覚刺激だったら短く聞こえるっていう、逆転するところを見つけ出したんですね。もう本当に私、この研究大好きで、すっごくおもしろいと思うんですけど(笑)」
ものすごい実用
実に興味深い! 四本さんの見立てでは、視覚皮質と聴覚皮質では、時計の役割をするペースメーカーの周波数帯が違うのではないか、ということだ。
思い出そう。脳には時間皮質という特定の部位があるわけではなく、様々な部分がかかわって時間を知覚していると想定されていた。だから、視覚と聴覚では、別のやり方で時間を知覚した上で調整していてもまったく不思議ではない。
なお、聴覚と視覚に同時に刺激が与えられて、それぞれの効果がバッティングした場合はどうなるか。四本さんの研究では、聴覚の方が勝つことが多いそうだ。一般的には、空間的な情報は視覚に重みづけがあり、時間的な情報は聴覚のほうを信じる傾向があるそうで、それと整合的な結論だ。
また、ぼくたちの感覚とも整合するかもしれない。日常生活で、空間的な情報に対する判断は視覚に依存することが多い。また、時間的な情報に対する判断を、聴覚に依存することが多いような気がする。後者はあくまで「気がする」レベルだが、例えば、目を閉じて周囲の音に聞き入ったり、あるいは音楽を聞く時にも、なにか時間の感覚が鋭くなるような実感がある。
四本さんの研究はあくまで基礎研究なのだけれど、ぼくはつい聞いてみた。これ、なにかの実用にならないんですか、と。
四本さんは、またもにっこり笑った。
「すっごく楽しいときは時間があっという間に過ぎるとか、つまんない会議は、延々と終わらないみたいに感じるじゃないですか。それを変えられないかなと思って」
いきなりこれは、ものすごい実用だ! それも非常に夢がある!(と思う)。
もうこの瞬間、四本さんの楽しそうな顔といったら!
「あくまで野望なんですけど、今それに関係する実験を、ちょっとだけやっていて、半ば失敗に終わりつつあるところです。例えば、さっきの聴覚で11ヘルツのトーンを聞くと、時間を短く感じましたよね。なので、学生に10分間ぐらいのつまらないタスクをやらせて、背景音で11ヘルツをずっと聞かせて。他にも音がない条件とかいろいろやって、今何分ぐらい、あなたはこのタスクをやっていたと思いますかみたいなことを聞いて測定してるんです。結果を言うと、11ヘルツを聞かせても、聞かせなくてもあんまり変わらなくて。そのレベルで縮めるのは、ちょっと難しいかなと思ってます」
真面目でアホな
結局、時間の知覚は、一筋縄ではいかない。さっきは、視覚と聴覚の違いに着目したけれど、ここでは時間の長さのスケールも関係しているようだ。
つまり──
ミリ秒単位のごく短い時間帯では、小脳や運動野がはたらき、1秒を超えると視覚野や聴覚野がそれぞれ関与し、ずっと長くなって何日、何年というふうになると記憶がかかわってくる。
時間の知覚とは、まさに脳をあげて行うもので、「時間帯」によって処理する部位が違いつつ、それらが時々、バッティングしつつも、結局は、シームレスにつながって「時間」といふうに感じられる。それ自体、驚異だ。
この図のように、ヒトが時間を知覚する方法は主に青、赤、黄色で色分けされた3つの時間帯により異なると考えられている。(画像提供:四本裕子)
なお、四本さんは、まだ「退屈な会議を早く感じさせる」仕組みを諦めていない。
「音で成功したら、退屈な会議が早く終わるCDみたいなのを売ろうと思っていたんですけどね(笑)。それが無理となると、次に試したいのは指先とかに小さなデバイスをつけて、ビリビリと振動させ続けたらどうだろうかと。身につけていてもわからないようなやつで」
確信するのは、そんなデバイスができたら、世の中でほしがる人はたくさんいる! ということだ。ぼくもほしい。
それから……ノーベル賞は無理かもしれなくても、イグノーベル賞ならすごく相応しい。世界を幸せにする、真面目でアホな発明(失礼!)になりうる。
つづく
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
四本裕子(よつもと ゆうこ)
1976年、宮崎県生まれ。東京大学 大学院総合文化研究科 准教授。Ph.D.(Psychology)。1998年、東京大学卒業。2001年から米国マサチューセッツ州ブランダイス大学大学院に留学し、2005年、Ph.D.を取得。ボストン大学およびハーバード大学医学部付属マサチューセッツ総合病院リサーチフェロー、慶應義塾大学特任准教授を経て2012年より現職。専門は認知神経科学、知覚心理学。
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