つまり、四本研究室の学生さんたちは、1年のうちの何カ月かは熱心に新しい錯視を探すことになる。そのあたり、「錯視は入口」とまず述べた四本さんの真意に通じるものがあるのだろう。

二重の入口

「まったくその通りで、1つの理由は、この分野で視覚の研究をするのであれば、実験で被験者に見せたいものを、コンピュータの画面の上で動かしたりして提示しなければならないわけです。被験者に見てもらって、その時の脳の働きを様々な測定装置で調べていくことになるので。錯視コンテストの作品みたいにプログラミングして作り込めないと、研究者としてのスタートラインに並べないんですね」

 錯視コンテストの入賞作品は、パワーポイントで作られた簡単なアニメーションから、様々な形式の動画ファイルまで、クオリティは千差万別だ。しかし、少なくとも、錯視を表現するために、動きだとか、角度だとか、見せ方のタイミングなど、さまざまな調整をしなければならず、視覚の実験を準備するのによい練習になるという。

「そして、もっと大きな理由は、今まで知られていなかった視覚のメカニズムの発見ですね。錯視って、見ているものの物理的な性質と、視覚がずれている、という現象なわけです。『すごいでしょう、おもしろいでしょう』で終わってしまうことも多いんですけど、じゃあ、なぜそうなるのかを考えていると、新しい研究の入口が開けるんじゃないかと常に思っているので」

 二重の意味で、錯視探しは「入口」だった。

 では、その「入口」を通って、四本さんの研究世界に入門してみよう!

遠近法の図に含めると、同じ長さでも奥のものは長く見えて手前のものが短く見える錯視の例を示す四本さん。矢羽の錯視についても同様の説がある。錯視を入口にどんな世界が開けるか、乞うご期待!

つづく

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

四本裕子(よつもと ゆうこ)

1976年、宮崎県生まれ。東京大学 大学院総合文化研究科 准教授。Ph.D.(Psychology)。1998年、東京大学卒業。2001年から米国マサチューセッツ州ブランダイス大学大学院に留学し、2005年、Ph.D.を取得。ボストン大学およびハーバード大学医学部付属マサチューセッツ総合病院リサーチフェロー、慶應義塾大学特任准教授を経て2012年より現職。専門は認知神経科学、知覚心理学。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学校6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。