「ひとつは、明度が非常に不規則に変動する環境です。というのは、もし明暗だけで物を見ようと思っても、明るさが予測不能にちょこちょこ変わってしまったら困りますよね。その代表的な環境のひとつは水中、特に浅瀬です」

 なるほど。屋外のプールに日が差した時のことを考えてみるといい。水面が常に揺らいでいるので、水底に届く光も常に揺らいでいる。ああいう状況だ。

「そういう時に、明度だけで物を見ようとすると、すごくノイズの高い環境になってしまいます。一方で、明るくても暗くても、青は青で黄色は黄色なわけです。というのは、色とはセンサーのアウトプットの比率だからです。全体に暗くなっても明るくなっても変わらない。だから、色覚が役に立ちます」

 例えば、浅瀬にいるような魚(あるいはその祖先)にとって、色覚を発達させるのは、とても有利なことだったかもしれないのだ。

 そして、さらにもうひとつ。

そして、森

「森です。葉っぱが風や何かで、非常に不規則に常に揺らいでいるわけです。霊長類が住んでいるところですね。僕が、魚類と霊長類に注目するというのは、そういう背景があるんです」

明るくても暗くても、赤いりんごは赤く、黄色いバナナは黄色く見える。このように、見ている色が常に保たれる(よう脳が認識している)ことを「色覚の恒常性」という。おかげで、明るさがころころ変わるような状況でも、色の違いなら安定して見分けられるわけだ。大好きだというザ・ビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットを例に、画面の明るさを変えたりカラーフィルターをかけたりしながら河村さんが解説してくれた。

つづく

河村正二(かわむら しょうじ)

1962年、長崎県生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻・人類進化システム分野教授。理学博士。1986年、東京大学理学部卒業。1991年、東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程を修了。その後、東京大学および米国シラキュース大学での博士研究員、東京大学大学院理学系研究科助手などを経て、2010年より現職。魚類と霊長類、特に南米の新世界ザルを中心に、脊椎動物の色覚の進化をテーマに研究している。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)

『ナショナル ジオグラフィック日本版』2016年2月号でも特集「不思議な目の進化」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。ぜひあわせてご覧ください。