ユーモラスだが、きっちりついていくにはそれなりに集中力を要する。やわらかい言葉の背後には必ず物理過程があり、数式は使わずとも数式に忠実。そんな筆さばきだとぼくには思える。しかし、それと同時に、荒木さんは、雲のことを「この子は格好いい」などと愛しげな目で語るのである。

 というわけで、ポップな雲研究者荒木さんは、実はゴリゴリの数式愛の人であり、同時に雲愛の人である。雲を愛する技術は、数式に裏付けされている! そのように理解しておけば、これから荒木さんの一般向けの著作を読む時に、より深みを感じられるに違いない。

 さて、そんな硬軟両面から雲に肉薄する荒木さんに聞いてみたいのは、荒木さんにとっての「自分史上最高の雲」だ。

 数式的な関心と、あふれる雲愛とが重なり合った頂点にある雲とは?

「この、動画見てください」と荒木さんは言った。

これが荒木さんの「自分史上最高の雲」だ。

「2015年8月に、この建物の屋上で撮った雲なんですけど、スーパーセルっていう巨大な雲に伴ってできるウォールクラウドというのを初めて見たんですよ。レーダーの画像を見ていたら、何かが来そうだったので、屋上にあがって張っていまして、それで偶然、これに出会えたんで、テンションが上がりました。実は、日本国内でこういうスーパーセルに伴う雲の時間変化がちゃんと観測されたのは初めてだったので、そのまま気象学会誌に投稿したくらいなんです」

 スーパーセルというのは、長寿命で巨大な積乱雲のことで、強い竜巻を発生させたり、巨大な雹(ひょう)を降らせたりする。遠巻きに見ると、巨大な塔のような雲が、反時計回りにゆっくり回転しているのが分かり、終末もののSF映画に出てきそうな禍々しい光景になる。

 一方、日本ではあまり発生しないし、きちんとした観測例もなかった。だから、つくば市でスーパーセルが発生し、それを荒木さんが見ていたというのは、ただ見た目がすごい雲の写真や動画の記録が残された、というだけでなく、学術的な意味も大きかった。

 荒木さんは、動画を再生しながら、解説を続けた。

「私、もう興奮しちゃってます。ウォールクラウドというのは、スーパーセルの雲底からさらに下に伸びる壁のような雲のことなんですが、これ、もう教科書に書いてある通りなんですよね。進行方向の前後に、降水域があって、その間のウォールクラウドの中には強い上昇気流があります。一方で、ちょっと離れたところには、冷たくなって降りてきた空気の塊が外に向けて吹き出す風の強い部分があります。その突風のことをガストっていうんですが、この時も強い風が吹いてますね。そして、ガストが一番強いところがガストフロントです」

教科書を手に興奮気味に説明する荒木さん。ちなみに、荒木さんが気象学会誌に投稿した論文はこちら(PDFファイルです)。