「気象大学校では、やっぱり数学やりたいという意志があったんで、大気の挙動を記述する気象力学という分野があるんですけど、その専門の先生に1年の時からセミナーをしてもらって、ひたすら紙と鉛筆で数式展開をしてました。当時は、温帯低気圧の理論をやっていたんですけど、低気圧が発達する際の波動や擾乱(じょうらん)など、いろんな現実的な項を入れて、いかに美しく解けるかがんばってましたね。もちろん、数値シミュレーションみたいなこともするんですけど、でも、その時点では、現実がどうなっているかというよりも、数学的な関心の方が強かったと思います」

荒木さんの近著『雲を愛する技術』(光文社新書)でもパーセル君は大活躍している。

 荒木さんが書いた一般書を読んだことがある人なら、この時点で「なるほど」と思うかもしれない。低気圧や雲の中で起こっていることについて、荒木さんの説明は背景に「数式愛」が透けて見えるほど詳細だ。「パーセルくん」という「空気の塊」のゆるキャラを登場させつつ、実際にそこで表現されているのは、本来は数式で表されているのであろう雲の中の物理過程だと言われれば、とても納得できる。

 そもそも「パーセル」というのは、気象学ではある程度まとまった空気の塊をひとつのものとして扱う時の言葉だ。

 では、荒木さんにとって、現在に至る転機はどこにあったのだろう。

「2014年に、はじめて一般書を書いてから、雲が今みたいに好きになりました。その時に、初めて雲の『心情』を考えたんですよ。空気の塊のキャラ、パーセルくんを使って、積乱雲の一生を考えてみたり、ですね」

「積乱雲の一生」(『雲を愛する技術』より)

 荒木さんが描く「積乱雲の一生」の中で、パーセルくんは実際に「感情を持つ空気の塊」だ。積乱雲ができるには、まず何らかの理由で空気の塊が持ち上げられて上昇気流を作らなければならない。たとえば、冷たい空気に温かい空気が持ち上げられる場合など。冷たいパーセルくんと温かいパーセルくんとの間で、
「お前、マジすごいわ」
「マジか」
 などと言葉が交わされる。

 やがて、温かいパーセルくんが自発的に上昇しはじめると、
「オレ、すごいかも!このままひとりで昇れるわ!」
「もう勝手にやってろ」  ということになる。

 そして最終的には越えられない壁(対流圏界面)に達し、降水などをきっかけに、パーセルくんは負の感情(冷たい下降流)に支配されて、「もーだめだー!!」と雲は衰弱していく。積乱雲は、いい気になって成長したにもかかわらず、自らの負の感情で自滅する自虐キャラなのである。

 ただし、希望(?)もある。地上に達した下降流は新たな冷たい外出流のパーセルくんとなり、別のパーセルくんを持ち上げて上昇流を生む。「お前、マジすごいわ」などと言いながら……。