突然動いたGSOMIA

 日韓のGSOMIAも主な狙いは北朝鮮のミサイル対策です。日米と米韓は同盟を結んでいるため、その間では軍事情報は円滑にやり取りできます。しかし日韓の間には同盟関係はありません。

 そこで米国は日韓間でGSOMIAを結ばせ、3カ国の軍事協力強化を狙ったのです。しかしこれにも中国が反対しており、朴槿恵政権は乗り気ではありませんでした。

 その朴政権が突然に動いたのが10月27日でした。聯合ニュースが「韓国政府、日本とのGSOMIA締結を検討」と報じたのです。そして11月14日には、東京で仮署名という素早い展開になりました。

 米国からの「見捨てられ」を懸念したと思われます。崔順実(チェ・スンシル)氏の「国政壟断事件」で朴政権は突然に弱い立場に追い込まれました。

 「GSOMIA検討」を聯合ニュースが報じた日の2日前の10月25日に、朴大統領は自分の非を認める1回目の国民談話を発表しています。1日前の10月26日には検察が崔順実氏の自宅など家宅捜索しています。

混乱時には米国が「裁定」

「国政壟断事件」とGSOMIAがどう関係するのですか?

鈴置:韓国で民衆が蜂起し、これを抑えるため戒厳令が布告されるなど際どい状況に陥った時、米国は「裁定」を下してきました。

 1960年、初代の李承晩(イ・スンマン)大統領が戒厳令を出した際、米国は圧力をかけて下野させました(「朴槿恵の下野か、戒厳令か」参照)。

 1979年に釜山などで民主化運動が突然に高調した時、当時の政権は動揺し地域限定で戒厳令を布告しました。この事件が朴正煕(パク・チョンヒ)大統領――朴槿恵大統領のお父さんです――暗殺事件の遠因となりました。

 暗殺犯は大統領の側近でした。民主化運動を弾圧する朴正煕政権を米国が見放すと想定した上での犯行だった、との見方も多いのです。

 現在も韓国メディアは「平和なデモを米国政府が支持している」などと相当に無理筋の分析記事を流し、朴大統領に圧力をかけています。

 「民衆蜂起」を恐れる朴槿恵大統領とすれば、米国の信任を取り付けるために日本とのGSOMIA締結を急ぐ必要があったのです。

 10月29日に「朴退陣」を求める第1回目のデモが起きました。青瓦台(大統領官邸)に迫るものでした。GSOMIA決断の情報リーク(10月27日)は、その直前だったのです。