通貨危機に見舞われた韓国ソウルで1997年11月、金融改革方針を巡る反政府集会に参加した韓国銀行の行員たち(写真:ロイター/アフロ)
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韓国人は今、1997年の通貨危機を思い出す。資本逃避が始まるなか日米との関係が悪化し、金融の命綱を失う。というのに政権は手をこまねき、政界は抗争に明け暮れる――。21年前とだんだん似てきたからだ。
面子も職も失った
鈴置: 11月28日封切りの映画「国家不渡りの日」が韓国でヒットしています。初めの1週間で157万人が見たと報じられています。
韓国は1997年秋から通貨危機に見舞われ結局、IMF(国際通貨基金)に救われました。タイトルが示すように、当時の経済危機を描いた映画です。
実録風の映画ではありますが、この危機を利用して大儲けしたという架空の人物も登場します。韓国語の予告編はここで見られます。
「IMF危機」ですね。
鈴置:そうです。韓国に乗りこんできたIMFは構造改革と称し、金融、貿易の保護政策をすべて撤廃させました。韓国人は経済の国家主権を失ったと嘆き、日本による植民地化に続く「第2の国恥」と呼んだのです。
韓国人が失ったのは面子だけではありませんでした。IMFが実施した厳しい緊縮政策で、多くの人が職を失いました。
経済が回復した後も、企業は非正規職の比率を高めたうえ、正規職に対しても「名誉退職」の名の下、40歳代定年制を導入するなど、厳しい姿勢を維持しました。
IMF危機を境に韓国経済の国際競争力は格段に高まり、サムスン電子や現代自動車など世界に冠たる企業が登場しました。しかし同時に雇用の不安定、貧富格差など現在、韓国が抱える問題も生んだのです。
お灸をすえた米国
なぜ今、「国家不渡りの日」がヒットしているのでしょうか。
鈴置:状況が当時と似てきたからです。朝鮮日報の「〈ファクトチェック〉映画『国家不渡りの日』 韓銀がIMFを食い止めようとしたって?」(12月4日、韓国語版)によると、この映画は最後のシーンで「危機の再来」を訴えているそうです。
実際、外国人が株を売り、資本逃避が起き始めています(「新日鉄住金が敗訴、韓国で戦時中の徴用工裁判」参照)。
しかし、いざという時にドルを貸してくれていた日本や米国との関係が極度に悪化しました。韓国は北朝鮮の核武装を幇助する裏切り者と見切られたのです(「『米韓同盟消滅』にようやく気づいた韓国人」)。
政府がこの危さに気付き、経済や外交政策を根本から変えれば何とかなるかもしれない。しかし文在寅(ムン・ジェイン)政権は唯我独尊。経済政策の失敗で失業率が上がろうが、異様な対北接近で米国や日本との関係が悪化しようが、全く気にとめません。
IMF危機を招いた金泳三(キム・ヨンサム)政権も強気の外交を展開し、米国や日本との関係を悪化させました。
半面、中国にすり寄ったので、怒った米国は韓国が最も必要とする時にドルを貸さず、日本の対韓緊急融資も止めました。IMFに行かせるため――韓国にお灸をすえるためです。
『米韓同盟消滅』の第2章第4節「『韓国の裏切り』に警告し続けた米国」は、当時の状況――例えば米軍の機密を中国に渡すようになった韓国に米国が激怒した――を解説しています。
金泳三のデジャヴ
金泳三政権は危い状況に気が付かなかったのですか?
鈴置:大統領選挙を控え野党との政争に没頭するあまり、経済にまで気が回らなかったのです。政権末期で士気が落ちており、重要な情報が大統領に上がらなかった、とも言われています。
次の大統領選挙は2022年なので、現在は政権末期ではありません。が、文在寅政権も経済音痴ぶりを発揮しています。
「所得を増やせば景気はよくなる」との単細胞的な発想で、最低賃金を一気に1割以上も引き上げました。
多くの零細・中小企業の採算が取れなくなり、従業員を解雇したり廃業に追い込まれました。その結果、若者の雇用は減少し、景気も悪化しました。
政策ミスが明らかになったにもかかわらず、文在寅政権は軌道修正しません。「現実から目をそらすな」と韓国各紙は激しく批判しています。この辺りも「金泳三のデジャヴ」なのです。
そんな状況下で、日本との関係悪化が新たな懸念材料に浮上しました。韓国経済新聞は韓国政府が慰安婦合意を事実上破棄した11月21日、社説「外交がせねばならぬこと、してはならぬこと、見分けているか」(韓国語版)で以下のように書きました。
- 国際金融市場の揺れが次第に激しくなる中、通貨スワップの締結が不振だ。カナダ、スイスなどとは結んだが、米国や日本といった重要国とはなしの礫(つぶて)だ。
- 日本とのスワップ協定は少女像(慰安婦像)などの問題で交渉チャネルまで途絶えた。
- 「韓国が再び通貨危機に陥った際、以前のように助けてくれる国があるのか」との憂慮が国内外から聞こえてくる。
韓国の通貨スワップ(2018年12月14日現在)
相手国 |
規模 |
締結・延長日 |
満期日 |
中国 |
3600億元/64兆ウォン(約523億ドル)終了→再開? |
2014年 10月11日 |
2017年 10月10日 |
豪州 |
100億豪ドル/9兆ウォン(約72億ドル) |
2017年 2月8日 |
2020年 2月7日 |
インドネシア |
115兆ルピア/10.7兆ウォン(約79億ドル) |
2017年 3月6日 |
2020年 3月5日 |
マレーシア |
150億リンギット/5兆ウォン(約36億ドル) |
2017年 1月25日 |
2020年 1月24日 |
スイス |
100億スイスフラン/11.2兆億ウォン(約101億ドル) |
2018年 2月20日 |
2021年 2月19日 |
CMI<注1> |
384億ドル |
2014年 7月17日 |
|
カナダ<注2><注3> |
定めず。通貨はカナダドルとウォン |
2017年 11月15日 |
定めず |
<注1>CMI(チェンマイ・イニシアティブ)は多国間スワップ。IMF融資とリンクしない場合は30%まで。
<注2>カナダと結んだのは「為替スワップ(bilateral liquidity swap)」で市中銀行に外貨を貸すのが目的。中央銀行に対し市場介入用の外貨を貸す「通貨スワップ(bilateral swap)」ではない。
<注3>カナダとは「規模も満期日も定めない常設協定」と韓銀は発表。英文の発表文では、発動は「市場の状況が許せば」「必要に応じて」としているところから、規模などはその都度協議して決めるものと見られる。
<注4>カッコ内は最近の為替レートによる米ドル換算額
資料:韓国各紙
警告を始めた保守系紙
日韓関係の悪化が通貨危機につながるとの懸念ですね。
鈴置:初めは経済紙がそれを訴えていました。12月に入ると一般紙にも「日本との関係を悪化させると経済危機に陥るぞ」と警告する記事が載り始めました。
東京特派員を経験した朝鮮日報の鄭権鉉(チョン・グォンヒョン)論説委員が12月5日「『反日の代価』は高い」(韓国語版)を書きました。
韓国が日本に対し外交戦争を仕掛けるたびに、日本から反撃された事実を思い出せ、という趣旨の記事です。次の1文があります。
- 日本は通貨スワップ中止など金融制裁という切り札を随時、使ってきた。
同じ保守系メディアでも、ネットはさらにはっきりと日本との関係悪化が通貨危機を呼ぶと警告しました。
失敗を繰り返す愚かな国民
趙甲済(チョ・カプチェ)ドットコムで、日本語に訳せばファンド・ビルダーあるいはバンダービルドのペンネームで活躍する識者が「またもや同じ失敗を無限に繰り返す傾向」(12月4日、韓国語)を書きました。
ファンド・ビルダー氏はまず、朝鮮日報の「〈ファクトチェック〉映画『国家不渡りの日』 韓銀がIMFを食い止めようとしたって?」から、以下の部分を引用しました。要約しつつ引用します。
- 1997年当時、通貨危機が深刻になると、日本からドルを借りる案が浮上した。だが、その前に香港証券市場が大暴落したため、日本の政府と民間銀行は資金事情が厳しくなり、韓国に貸す余裕がなくなっていた。
- そのうえ金泳三大統領が「日本の悪い癖をしつけ直す」と会見で語っていたため日韓関係は最悪の状況に陥っていた。日本からの支援は得られず、IMFを頼るしかなかった。
当時を振り返ったうえ、ファンド・ビルダー氏は「失敗を繰り返す韓国人」を嘆きました。
- 日本に対し「悪い癖をしつけ直す」と一喝した後、IMFの世話になった前轍を踏んではならない。
- というのに今、韓国人は対策もなしに「慰安婦」「徴用工」の件で日本に対し「差し押さえ」まで云々するなど大声を出している。そんな姿を見ていると、第2のIMF事態が起きるのではないかと本当に心配になる。
- 愚かな国民は過去から何の教訓も得られず、ひたすら同じ失敗を無限に繰り返す傾向が強い。朝鮮時代に我らの先祖がそうであったし、現在の韓国人もまた、同じであるようだ。
実録・IMF事態の内幕
金泳三大統領の発言のせいで日本はスワップを拒否したのですか?
鈴置:それは誤りです。「香港市場の暴落」も関係ありません。日本銀行は韓国銀行の要請に応じ、ドルを貸そうとしました。しかし、米FRB(連邦準備理事会)がそれを止めたのです(『米韓同盟消滅』第2章第4節「『韓国の裏切り』に警告し続けた米国」参照)。
しかし韓国では「日本を怒らせたからスワップ獲得に失敗した」ことになっています。ただ、今度は本当にそうなります。韓国にやりたい放題されている日本が、スワップを与えることはまずないでしょう。
ファンド・ビルダー氏の記事に追い打ちをかけるように、趙甲済ドットコム(韓国語)は「〈実録〉IMF事態の内幕(上)―大統領はいなかった(1)」(12月11日)、「〈実録〉IMF事態の内幕(上)―大統領はいなかった(2)」(12月12日)、「〈実録〉IMF事態の内幕(上)―大統領はいなかった(3)」(12月13日)を連載しました。
通貨危機当時、月刊朝鮮の編集長だった趙甲済氏が自身の雑誌の1998年3月号に書いた記事を分割して再録したのです。
大統領はいなかった
この記事は韓国経済研究者の必読文献です。1997年11月7日以降、青瓦台(大統領府)、財政経済院、韓銀の関係者がどう危機に対応したかを日報の形で克明に記録した、文字通り「実録」なのです。
20年前の記事を再び公にしたのは「文在寅という無能な政権に任せていると再び通貨危機に陥るぞ」とのメッセージを国民に送るためと思われます。
なお、韓国が通貨危機に襲われた2008年10月27日にも趙甲済氏は、この記事を「1997年通貨危機と2008年経済危機」の見出しで自身のサイトに一挙掲載しています。
今回の再掲記事の見出しに「大統領はいなかった」とあるように、趙甲済氏はこの記事で金泳三大統領の経済危機に対する無関心さや、IMFによる救済がどういう結果をもたらすかまったく理解できなかった無能さを、たんたんと事実を記すことで浮き彫りにしています。
普通の韓国人がこの記事を読んだら、文在寅大統領の無関心さと無能さにたちどころに思い当たるのです。
怒りを米国に向けさせる
深い意味のある再掲載なのですね。
鈴置:もう1つ目的があると思われます。映画「国家不渡りの日」は実録風ではありますが、かなり脚色されていて米国陰謀論の色彩が濃い。
この映画によって「米国のために通貨危機に陥った」との認識が深まり、反米ムードが盛り上がりかねない。韓国政府の無能ぶりを明らかにすることで、それを防ぐ狙いと思います。
韓国人は「日本のせいでIMF危機が起きた」と信じているようですが。
鈴置:その通りです。「米国ではなく日本が悪い」というのが長い間、韓国の常識となっていました。興味深いのはこの映画が、韓国人の怒りの矛先を日本から米国に向けさせようとしている点です。
朝鮮日報の「〈ファクトチェック〉映画『国家不渡りの日』 韓銀がIMFを食い止めようとしたって?」も、「IMFの後ろには米国がいて韓国との交渉を操っていたと描いているが、IMFの最大の出資者は米国であり、その声が大きいのは当然だ」と、この映画を批判しています。
1990年前後に毎日新聞のソウル特派員を務め、韓国映画に詳しい下川正晴氏は「時代性」「同時性」がその特徴と解説します。今起きていること、あるいはこれから起きそうなことを好んで題材に取り上げるのが韓国映画というわけです。
韓国映画は日本のそれと比べ、世論を誘導する役割がはるかに大きい。「米国こそが自分たちを南北に分断する元凶なのだ」とのメッセージも娯楽大作「JSA」などの映画によって韓国人に刷り込まれてきました(『米韓同盟消滅』第1章第4節「『民族の核』に心躍らせる韓国人」参照)。
同盟破棄の起爆剤に
そして、韓国の「反日」は「反米」の伏線であることが多い。左派は国民の合意を容易に得られる「反日」を盛り上げ、次第にそれを「反米」へと転化していく――と保守派は言います。
例えば、「南北共同で民族の核を持つ」という夢を語る映画が時々制作されます。1995年の「ムクゲノ花ガ咲キマシタ」では民族の核は日本に落とされました。
しかし、2017年の「鋼鉄の雨」では米国を念頭にした「民族の核」に変質しました(『米韓同盟消滅』第1章第2節「『根腐れ』は20世紀末から始まっていた」参照)。
「国家不渡りの日」がIMF危機という民族の苦痛も、日本ではなく米国の陰謀によってもたらされたとの刷りこみを狙う映画とすれば、韓国の左派とその背後にいる北朝鮮は、近く再燃するかもしれない通貨危機を米韓同盟廃棄の起爆剤に利用するつもりかもしれません。
(次回に続く)
【著者最新刊】『米韓同盟消滅』
米朝首脳会談だけでなく、南北朝鮮の首脳が会談を重ねるなど、東アジア情勢は現在、大きく動きつつある。著者はこうした動きの本質を、「米韓同盟が破棄され、朝鮮半島全体が中立化することによって実質的に中国の属国へと『回帰』していく過程」と読み解く。韓国が中国の属国へと回帰すれば、日本は日清戦争以前の「大陸と直接対峙する」国際環境に身を置くことになる。朝鮮半島情勢「先読みのプロ」が描き出す冷徹な現実。
第1章 離婚する米韓
第2章 「外交自爆」は朴槿恵政権から始まった
第3章 中二病にかかった韓国人
第4章 「妄想外交」は止まらない
2018年10月17日発売 新潮社刊
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