写真は2013年2月、朴槿恵大統領の就任式。国民の期待に応えることを誓ったが…(写真:AP/アフロ)

前回から読む)

 韓国人はなぜ、唐突に大統領を弾劾するに至ったのだろうか。

怒りに油を注ぎ続けた大統領

鈴置:12月9日、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領が国会で弾劾訴追されました。韓国は当分の間、混乱すると思われます(前回を参照)。

なぜ、弾劾という激しい事態に至ったのか、今ひとつ理解できません。

鈴置:国民の怒りです。大統領に対する怒りが爆発したのです。12月3日の退陣要求デモにはソウルに32万人、全国で43万人が参加しました。警察発表の数字です。主催者側発表では170万と232万でした。

 いずれにしても過去最高です。11月20日に検察が崔順実(チェ・スンシル)氏らを起訴した際に「朴大統領も共謀した」と発表したことで怒りがますます燃え上がりました。

 さらに11月29日、大統領が3回目の国民談話を発表したことも参加者を増やしました。道義的な責任は認めても「犯罪」は認めなかったからです。

 「任期短縮を含め自らの進退は国会に任せる」と下野を示唆する発言もしましたが、意見を集約できない与野党に責任を押し付けて延命する作戦との疑いを呼びました。

 在野勢力や野党など左派は、これに対抗するためにも「即時辞任」を求める大型デモを繰り広げたのです。

「いつものこと」では?

権力者と周辺が思いのままに振る舞う――。韓国では「よくあること」ではないのですか。

鈴置:確かに、韓国では歴代大統領の親戚が必ずと言ってよいほど不正に関与しました。そして、それが理由で弾劾された大統領はいません。だから日本人は「なぜ、朴大統領だけが指弾されるのか」と首を傾げるのでしょう。

●韓国歴代大統領の末路
①李承晩(1948年7月―1960年4月) 不正選挙を批判され下野、ハワイに亡命。退陣要求のデモには警察が発砲、全国で183人死亡
②尹潽善(1960年8月―1962年3月) 軍部のクーデターによる政権掌握に抗議して下野。議院内閣制の大統領で実権はなかった
③朴正煕(1963年12月―1979年10月) 腹心のKCIA部長により暗殺。1974年には在日韓国人に短銃で撃たれ、夫人の陸英修氏が殺される
④崔圭夏(1979年12月―1980年8月) 朴大統領暗殺に伴い、首相から大統領権限代行を経て大統領に。軍の実権掌握で辞任
⑤全斗煥(1980年9月―1988年2月) 退任後に親戚の不正を追及され隠遁生活。遡及立法で光州事件の責任など問われ死刑判決(後に恩赦)
⑥盧泰愚(1988年2月―1993年2月) 退任後、全斗煥氏とともに遡及立法により光州事件の責任など問われ、懲役刑判決(後に恩赦)
⑦金泳三(1993年2月―1998年2月) 1997年に次男が逮捕、懲役2年判決。罪状は通貨危機を呼んだ韓宝グループへの不正融資関与
⑧金大中(1998年2月―2003年2月) 任期末期に3人の子息全員が斡旋収賄で逮捕
⑨盧武鉉(2003年2月―2008年2月) 退任後、実兄が収賄罪で逮捕。自身も2009年4月に収賄容疑で検察から聴取。同年5月に自殺
⑩李明博(2008年2月―2013年2月) 2012年7月、実兄で韓日議員連盟会長も務めた李相得氏が斡旋収賄などで逮捕、懲役2年
⑪朴槿恵(2013年2月―) 2016年12月、国会から弾劾訴追される

 2004年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領も弾劾訴追されましたが、理由は選挙の際に中立を保たなかったことでした。

 国会が弾劾訴追した後、憲法裁判所は弾劾するほどの罪ではないと棄却したので盧大統領は職に戻りました。なお、この時に訴追の先頭に立ったのは当時、野党の指導者だった朴槿恵氏でした。