「ズボンが破れた」と弁解

一方で、決定があまりに長引くと、中ロの反発や国内の反対世論が強まると国防部は危惧したのですね(「『南シナ海』が加速させる『韓国の離脱』」参照)。

鈴置:ええ、朝鮮日報のユ・ヨンウォン軍事専門記者が「THAAD、1-2カ月内に配置発表を検討」(7月4日、韓国語版)で、そう指摘しています。

 「負けた」外交部が「すねて見せる」事件も発生しました。7月8日午前11時に国防部と在韓米軍が配備を正式に発表したのですが、何と同じ時刻に、尹炳世外相はソウルの新世界デパート江南店で洋服を誂えていたのです。

 翌7月9日、毎日経済新聞が「『THAAD配備』発表のその瞬間、江南の百貨店に行った尹炳世」(韓国語版)ですっぱ抜きました。同紙は「外交の責任者としてふさわしい行動ではない」と批判しました。

 配備決定に怒った中国とロシアがどんな報復をしてくるか、と韓国人が怯え切っている中での「ショッピング」でした。実際、発表の約30分後に中国外交部は「強力な不満」を表明したのです。

 毎日経済新聞の取材に対し、尹炳世外相は「数日前に役所で転び、ズボンが破れた」と奇妙な言い訳をして疑惑を自ら深めました。もちろん他紙もこの特ダネを後追いし、尹炳世外相の無責任さを追及しました。韓国のある識者は、私に対し以下のように語りました。

  • THAAD配備には国防部だけではなく外交部も絡むのだから、尹炳世外相が「配備決定」の記者会見に参加してもおかしくはなかった。それなのに敢えて会見中に買い物をしている姿を世間に見せたのだ。
  • 大統領が自分の意見を受け入れなかったことに対する間接的な抗議だ。中国やロシアに対し「私は配備に反対しました」と弁解する狙いもあったのだろう。
  • ここまで踏み込んで書く新聞はほとんどないが、平均的な韓国人はこう見ている。

米中対立に巻き込まれるな

韓国メディアは「配備決定」をどう評価したのですか?

鈴置:大きく割れました。7月9日、ハンギョレは社説「パンドラの箱を開けた韓国のTHAAD配備」(日本語版)で政府の決定を厳しく批判しました。

 理由は「外交・安保」と「経済」の2点。いずれも中ロとの関係です。その部分を要約しつつ引用します。

  • 第1に、北朝鮮の核問題解決がさらに難しくなり、朝鮮半島周辺で「韓米対朝中ロ」の新冷戦構図が一層強化される。第2に、中国とロシアの反発は韓国経済にも深い暗雲をもたらす可能性がある。

 ただ「中ロ」を強調し過ぎると「韓国人の生命がかかる問題で大国の顔色を見るとは弱腰だ」と批判されてしまいます。

 そこで先ほど引用した記事のように、政権内部の亀裂を暴くことで「外交部も反対するほどの性急な判断だった」との空気を醸しているのでしょう。

 一方、保守系紙のうち、朝鮮日報と東亜日報は「国を守るためのTHAAD配備は当然のこと」と賛成の論陣を張りました。朝鮮日報の7月9日の社説の見出しは「『軍事主権次元のTHAAD配備』 中ロに堂々と」(韓国語版)でした。

 ただ、両紙とも、配備により米中対立に巻き込まれないようにすべきだと注文を付けました。容易ではない話です。

 THAADこそは米中対立の象徴です。配備決定発表の4日後の7月12日には、南シナ海の問題で、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が判断を下すことになっていました。これも米中対立を加速します。

 それに巻き込まれるな、というのは現実から完全に遊離した話です。しかし、新聞は建前で説教するものですから、両紙の論説委員ともにこう書かざるをえなかったのでしょう。

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