
(前回から読む)
米国による地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD=サード)の配備を韓国が正式に認めた。予想よりも早い動きだった。
政権内でせめぎ合う
7月8日、在韓米軍へのTHAAD配備が正式に決まりました。
鈴置:韓国国防部と在韓米軍が共同で記者会見し「2017年末までに配備する」と発表しました。極めて唐突感のある発表でした。
米韓両国は3月、THAAD配備に関する協議を始め、6月28日の段階で韓民求(ハン・ミング)国防相は「年末までに決定する」と国会で述べていました。7月5日になっても「時期、場所ともに未定」と答弁していたのです。
というのにその3日後に「配備決定」が発表されたのです。7月13日には配備する場所も、慶尚北道・星州(ソンジュ)の山上の韓国軍対空ミサイル基地内と発表されました。
前回説明した通り、配備拒否派が世論を盛り上げて朴槿恵(パク・クンヘ)大統領を動かそうとした。慌てた賛成派が巻き返し、大統領の裁可を取り付け急きょ発表に持ち込んだ――のです。
前者は中国との関係を、後者は米国との同盟を重視する人々です。韓国を舞台に米中の代理戦争が勃発したのです。
表「THAAD配備決定直前の動き」を見れば、7月1日から8日まで、朴槿恵政権内の拒否派と配備派がせめぎ合ったことがよく分かります。
6月28日 | 韓民求国防相、国会で「配備は年内に決定」 |
6月29日 | 習近平主席、訪中した黄教案首相に配備反対を伝える |
7月1日 | |
中央日報の金永煕大記者「放棄」を訴える記事を掲載 | |
趙甲済ドットコムの金泌材記者「放棄論」を厳しく批判 | |
7月4日 | 朝鮮日報のユ・ヨンウォン軍事専門記者「配備発表を前倒し」 |
7月5日 | |
東亜日報「漆谷に配備」と報道、社説で「中国の顔色見るな」 | |
韓民求国防相、国会で「時期、地域とも未定」 | |
7月7日 | 韓国政府、NSCを開催し配備を決定 |
7月8日 | |
国防部と在韓米軍「2017年末に配備」と午前に正式発表 | |
尹炳世外相、配備の正式発表と同時刻に百貨店で買い物 | |
中国外交部、米韓の発表30分後に「強力な不満」と声明 | |
中国国防部「国の安全と地域の均衡のため必要な措置を考慮」 | |
ロシア外務省「地域の緊張を高める」と米国を批判 | |
韓国証券市場で中国関連株が急落、防衛関連株は上げる | |
共に民主党「密室の決定」と批判、国民の党は「反対」 | |
7月9日 | |
Global Times社説、外交・安保・経済で「5つの対韓制裁」主張 | |
王毅外相「配備のどんな弁明も説得力がない」 | |
北朝鮮、SLBMを水中から1発発射 | |
7月11日 | |
北朝鮮軍「配備場所が決まれば物理的に対応」と警告 | |
尹外相、国会で「中ロには対北朝鮮用と重ねて説明済み」 | |
7月12日 | 仲裁裁判所「南シナ海の中国の主権を認めず」と判決 |
7月13日 | 国防部「星州に配備」と正式発表。直前に一度は「発表中止」 |
7月15日 | 星州訪問の黄首相ら、反対派3000人に6時間包囲され動けず |
米国から見捨てられるところだった
もし、大統領が「配備拒否」に傾いていたら、どうなったのですか。
鈴置:米韓同盟が大きく傷ついたでしょう。米国は同盟を直ちに破棄するわけではない。が、これを機に在韓米軍の大幅な撤収に動いた可能性が大きい。
韓国を守るために在韓米軍がいるのです。それを防御するためのTHAADを持ち込ませないと韓国が言うのなら「では、出ていきます」と米国が言い出しても不思議はありません。
「配備」の正式な発表を受け、中央日報は解説記事の見出しを「苦悩の末に……朴槿恵政権、韓米同盟を選んだ」(7月9日、韓国語版)としました。日本語版もほぼ同じです。
「配備拒否か賛成かは、米国との同盟を拒否するか続けるかの選択だった」との前提で書いたのです。これが多くの韓国人の実感でしょう。
ある親米保守の韓国の識者に感想を聞いたら「実に危なかった。米国から見捨てられるところだった。中国圏に引き込まれるのを際どいところで踏みとどまった」と胸をなでおろしていました。
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