MDで阻止できなくなる

北朝鮮は自走式発射台を持っていなかったのですか?

鈴置:持っていました。ただ、いずれも中国製で数は限られると見られていました。惠谷治氏によると、自走式発射台の製作には結構、難しい技術が要るため、中国から買っていたのです。

 ところが今回の発射で使ったのは北朝鮮製だった模様です。国産化により自走式の発射台を大幅に増やせると、惠谷治氏は懸念しています。

 同時により多くのミサイルを発射できるようになるので、日本や米国がいくらミサイル防衛網(MD)を充実させても、完全に阻止できなくなる――撃ち漏らすミサイルが出てくる可能性が高まるのです。

 要は日米にとって、北朝鮮の核・ミサイルシステムを早急に除去しないと安全を確保できない段階に至ったのです。

「離米従中」という逃げ道

日米だけではなく、韓国にとっても北朝鮮の核の脅威はぐんと増したのですね。

鈴置:必ずしもそうとは言えません。韓国の次期政権が米国を離れ、中国側に走れば――中国の核の傘に入ってしまえば、北朝鮮の核の脅威は相当に減ります。

 大統領レースで現在、支持率トップを走る「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)前代表は、在韓米軍基地へのTHAAD(=サード、地上配備型ミサイル防衛システム)の配備を見直すと宣言しています。

 配備は米国が強く進める半面、中国が強力に反対しています。配備を拒否すれば米韓同盟は風前の灯となります。韓国の「離米従中」は現実のものになっています。

 文在寅前代表は「大統領に就任したら当然、米国よりも先に北朝鮮に行く」とも語っています。北朝鮮との関係を一気に改善すると表明したのです。(「『キューバ革命』に突き進む韓国」参照)

 韓国には、どれだけ頼りになるか分からない米国よりも、恐ろしい中国や北朝鮮と仲良くした方が国の安全を確保できる、との発想もあるのです。

 ちなみに、南北朝鮮が関係を改善し一緒になって北の核で日本を脅す、というあらすじの小説『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』が1990年代の韓国でベストセラーになっています。

何をやらかすか分からない国

確かに、北朝鮮は何をしでかすか分からない国ですからね。

鈴置:そこなのです。今回の金正男暗殺事件で、世界の人々は「金正恩委員長は異様な人間である」との思いを強くしました。これも北朝鮮への先制攻撃論を加速しました。

 普通、仮想敵が核ミサイルを持っても、こちら側が持っていれば直ちに戦争が始まるわけではありません。「相手だって核戦争で自らの国民が犠牲になるのは躊躇するだろう」との判断から、話し合いにより戦争を避けようと双方が考えるからです。

 しかし「自分の邪魔になる異母兄は、外国に刺客を送っても殺す」指導者には、合理的な対話は期待できません。

 北朝鮮政府は今回の暗殺への関与を認めていませんが、世界はそれを前提に動き始めました。犯行現場となったマレーシアの警察が、主犯グループは北朝鮮籍の人々で構成されたと判断しているからです。

 2月22日、マレーシアの警察庁長官は、金正男殺害事件に北朝鮮大使館員が関係していたと発表しました。犯行後に帰国した4人の北朝鮮籍の容疑者の引き渡しも北朝鮮政府に要求しました。

 冒頭に紹介した日経の世論調査で、43.9%もの人が北朝鮮への軍事攻撃を日本政府に望んだのも、この暗殺事件が影響していると思います。北朝鮮は対話では解決できない相手だと、ついに日本人も考えたのです。