世界の工場になっていた中国は、今や世界の市場となりつつある。大都会に再開発の余地は少なくなり、地方に中小規模の都市(城鎮)を作り、戸籍や住民票を与え、健康保険などの福祉を保障していく。その代わりに税金を納めてもらって、2040年には完全に枯渇する年金の補填に充てていくのである。大都会における、いわゆる都市病(ゴミや渋滞、空気汚染などの弊害)も軽減させる企画だ。

 だが、言うは易く。なんと言っても3億人近い農民が、数少ない大都市に集中してしまったので、その「引き潮」事業の困難さは尋常ではない。

 いったん都会に出てしまった農民工を呼び戻すには、都市化した農村に元農民工を惹きつける働き場所がなければならない。まずは住宅建設などインフラのための臨時工は必要だが、それが終わった後の定職を準備しなければならないのだ。中国政府は今ここで格闘している(このような話を挟み込むのは不謹慎かもしれないが、実はここにはビジネスが潜んでいる)。

 もうひとつ『食いつめものブルース』で個人的に興味深かったのは、留守児童の痕跡を追う話だ。

 山田氏は、働き盛りの大都会にいる農民工の出身地を訪ねて、田舎で祖父母に育てられている児童(彼らが「留守児童」)を取材し、その15年後の成長を記録しているのだ。地べたに這いつくばって稼いだお金で、親たちはみな、自分の子供を大学に行かせたり、結婚させたりしている。この逞しさは信じがたいほどだ。

「向銭看」に対する執念と熱気は薄れて

 実は私自身、別の形でこの留守家族問題に関わり苦労したことがある。80年代から90年代初期にかけて、日本にやってくる留学生あるいは就学生の偽造書類の「メッカ」は福建省と決まっていた。それが90年代前半から、突如、吉林省に移動し始めた。

 理由は歴然としている。1991年12月に旧ソ連が崩壊したのを受けて、92年に中韓が国交を樹立したため、韓国から最も近い吉林省にいた中国籍朝鮮族の人たちが韓国に出稼ぎに行ってしまったからだ。出稼ぎ家族の子供たちは父母に預けられ、学校の教員までが出稼ぎに韓国へ行ってしまったので、学校自身さえ無くなっている地域もあった。

 この留守児童たちが悪質な仲介業者の餌食になり、偽造書類によって日本に渡り、日本で出稼ぎ就学生あるいは出稼ぎ留学生として入国しようとしていた。その実態を調査するために吉林省の留守児童を視察したことがあるため、「留守児童」という文字を山田氏の本で見て、なんとも懐かしかった。

 リッチになってしまった中国人留学生は今、日本でどうやって遊ぶか、ということばかり考える者が増えてきた。農民工のあの逞しい商魂が失せていくように、留学生たちにもやる気が無くなりつつある。

 中国が熱さを忘れつつある中で、中国に対する熱い思いに満ちた本と言えるだろう。さまざまな読み方、活用法がある本と思うが、私には何より著者、山田氏のその「熱さ」が魅力的だった。ぜひ手に取って頂きたい一冊である。お勧めしたい。