上海に来てから17年、ひたすら廃品回収業で稼いできたが、これ以上、上海で生活するのは難しい。だから長女が働いている湖北省の武漢に行って職探しをするそうだ。20歳になる長女は武漢にあるエステティックサロンで働いている。

 著者が「エステティックサロンで雇ってもらったら?」と言うと、「オレが美白とかネイル?」と笑ったゼンカイさんは「経営会議には出るけどね……」と付け加えた。

 経営会議――?

 なんと、長女が武漢に行くと決めたときに、そのエステティックサロンに10万元(当時の換算で190万円)を出資して株の2割を取得していたのだとのこと。路上生活者が、実は会社の共同経営者になっていたというのだ。

 ショックを受けた著者はハッとする。

――そうだ。農民工たちは、自分は地べたに這いつくばって働き、生きながら、子供たちのために、こういうふうにお金を使うんだった、と(p.137)。

 ここまで読み進めて、私は心の内で満足のため息をついた。
 その通りだ。この方は中国人の気持ちを分かっている。

 1949年10月1日に現在の中国である中華人民共和国が誕生した時、私たちは「向前看(シャン・チェン・カン)!」(前に向かって進め!)というスローガンの下で育ってきた。「前進、前進、前進進!」という歌もあって、小学校で毎日歌わされた。

 1978年12月に改革開放が始まって、社会主義の国家で金儲けをしてもいいという方針が打ち出されると、庶民は同じ発音の「向銭看(シャン・チェン・カン)!」(銭に向かって進め!)と、「前」と「銭」の字を置き換えて自嘲しながら銭に向かって突進し始めた。

銭に向かって突進し始めた中国社会

 自嘲しながら?

 それは、その直前までの文化大革命(1966年~76年)では、少しでも金儲けをしようとする者は、「走資派(資本主義に走る者)」として逮捕投獄されていたからだ。投獄される前には町中を引き回されて激しい暴力を振るわれ、これでもかとばかりの罵倒と屈辱を受ける。

 それなのに今度は「白猫でも黒猫でもネズミを捕る猫が良い猫だ」として「先に富める者から富め」という先富論を鄧小平は唱えた。どうせ、また騙されて捕まるんだろうとオドオドしていた庶民は、本当に金稼ぎをしても罰せられずに「儲かる」という味を知り、目もくらむような勢いで「銭に向かって突進し始めた」のだ。

 中国共産党による一党支配体制のせいもあるが、現在の中国の経済発展を支えたのは、庶民のこの商魂である。転んでもタダでは起きない。路上生活者になりながら、その手には企業の経営権を握っている。

 この事実を、定点考察により何名かの農民工の足跡を執拗に追いながらえぐり出した山田氏の執念は、みごとに結実している。

 蛇足を承知で、少しマクロな視点を付け加えるならば、背景には2014年の全人代(全国人民代表大会)において決議された「新型城鎮化計画(2014-2020)」がある。これは2014年データで2.67億人だった都会にいる農民工を、それぞれの出身地(農村)に戻して、その農村を都市化していこうという国策である。目標達成年は2020年。中国共産党が誕生した1921年の100周年記念、2021年を目指したものだ。