「ゲノム編集」の揺り籠に

 陸上養殖は別の観点からも脚光を浴びている。遺伝子情報を自由に書き換えられる「ゲノム編集」技術の登場だ。

 京都大学大学院農学研究科の木下政人助教は、近畿大学水産研究所の家戸敬太郎教授、水産研究・教育機構の吉浦康寿研究員と共同で「ミオスタチン」と呼ばれる遺伝子を研究する。ゲノム編集技術で、筋肉の増強や成長を抑える「ブレーキ役」を果たすミオスタチンを働かないように操作し、肉付きの良い魚を生み出している。

 木下氏はマダイの身の重量を通常の約1.5倍に成長させることに成功。出荷までの期間の半減を目指している。高級魚のトラフグでも同様の成果を上げている。「アレルギー反応が出にくいエビやカニを、ゲノム編集で生み出すことも不可能ではない」と木下氏は語る。

筋肉の成長を抑える遺伝子の働きを止め、成長を促す
●木下政人・京都大学助教らのマダイを使ったゲノム編集

 だが実用化には壁がある。ゲノム編集によって生み出された魚が、生態系に悪影響を及ぼすといった懸念の声が上がっているからだ。そこで「完全に自然界と隔絶した環境を構築できる、陸上養殖の技術開発が望まれている」と木下氏は指摘する。

 ES細胞(胚性幹細胞)を作れない魚は遺伝子操作が難しく、時間がかかる選抜育種でしか品種改良できないと考えられてきた。陸上養殖を契機にゲノム編集が普及すれば、水産業の生産性は飛躍的に高まる可能性がある。

 事業化への大きな道が開かれた今年を、「陸上養殖元年」と表現する水産関係者は少なくない。人類の祖先が陸に上がってから約3億6000万年。ようやく、魚介類が“上陸”する日がやってきた。

(日経ビジネス2016年10月10日号より転載)