「2022年、衛星50基で全世界を毎日観測します」
宇宙ベンチャー、アクセルスペース・中村友哉 代表取締役に聞く(上)
新たなフロンティア開拓を目指し、世界的に宇宙ビジネスが活発化する中、国内で注目を集める宇宙ベンチャーがある。超小型人工衛星開発を手掛けるアクセルスペースだ。
2008年の創業後、2013年に世界初の民間商用小型衛星を打ち上げ、2015年には19億円の大型資金調達に成功。2016年にはJAXA(宇宙航空研究開発機構)から人工衛星の開発・製造・運用の一括委託を受けるなど、先端的な取り組みでその名を馳せている。東京大学大学院で博士課程を修了後、アクセルスペースを立ち上げた中村友哉代表取締役に、ビジネスの現状や将来像を聞いた。
(聞き手は、日経BP社 企画編集委員 桜井 敬三)
中村友哉(なかむら・ゆうや)氏
アクセルスペース代表取締役
1979年三重県生まれ。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。在学中に超小型衛星の開発に携わる。卒業後、同専攻での特任研究員を経て2008年にアクセルスペースを設立し、代表取締役に就任。(写真:加藤 康)
低コストかつ短期間で超小型衛星を開発、打ち上げを実現
世界的に宇宙開発の競争が激化しています。国内でも宇宙ビジネスが脚光を浴びるようになり、宇宙ベンチャーであるアクセルスペースへの注目も高まっています。まずはアクセルスペースとはどういう会社か、紹介してもらえますか。
中村:アクセルスペースは重さ100kgほどの超小型人工衛星の設計開発を行う企業です。東京大学、東京工業大学で衛星開発を研究してきた卒業生を中心に2008年に創業しました。現在、従業員数は40人ほどです。
ご存じの通り、従来の宇宙開発は科学分野や安全保障などの利用に限られ、国家レベルで行うものでした。日本では、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の下、三菱電機などの超大手メーカーが数百億円かけて数トンの大型衛星を開発し、大型ロケットで打ち上げるというのが一般的でした。
それに対し、アクセルスペースは東大、東工大が開発した技術をもとに、低コストかつ短期間で超小型衛星を開発、打ち上げを実現します。コストは数億円と従来より2ケタ引き下げることに成功しています。
ウェザーニューズと共同で超小型人工衛星の打ち上げに成功
アメリカではアマゾン・ドット・コムCEO(最高経営責任者)のジェフ・ベゾスやテスラCEOのイーロン・マスクなど著名なIT起業家たちが宇宙ビジネスに参入しています。日本でも宇宙ベンチャーの設立が続き、民間主導の宇宙開発が活発になっています。宇宙ビジネスは大いに沸き立っていますが、実際にアクセルスペースが手掛けるような超小型衛星にも需要が膨らみつつあるのですか。
中村:いいえ、「人工衛星がほしい」「衛星を使いたい」という企業はまだ多くはありません。
アクセルスペースは2013年11月、ウェザーニューズと共同で約50cm立方の超小型人工衛星「WNISAT-1」の打ち上げに成功しました。これが世界で初めての民間企業による商用小型衛星です。自社で衛星を持つというのは、アクセルスペースの超小型衛星が低コストだからこそ実現したサービスです。
正直、ウェザーニューズ向けの衛星を打ち上げた時には、「うちも衛星がほしい」という会社がわんさか現れてくるだろうと目論んでいました。ところが、そうは問屋が卸さなかった(笑)。
考えてみれば当然です。いくら「以前より2ケタ安く衛星が手に入ります」と言っても、数億円という金額は一般企業からすればやはり高い。しかも、プロジェクトをスタートしてから実際に衛星を打ち上げるまでには年単位で時間がかかります。打ち上げにはリスクも伴います。「衛星を持ったらどれぐらい売り上げが上がるのか」「打ち上げが失敗するリスクにはどう対処するのか」といったことがネックになり、なかなか先に進めません。先進的な取り組みですから、「これまでにこういう事例があります」とも言えませんし。
「WNISAT-1」は北極海域の海氷の観測を目的とした質量10kgの超小型衛星。(アクセルスペースのウェブページから)
「衛星を売る」のではなく「データを売る」
アクセルスペースの超小型衛星で撮影した世界の絶景。(アクセルスペースのウェブページから)
そういう状況はこれからも簡単には変わりそうもありませんが、超小型衛星のビジネスを営むアクセルスペースはどう対処しているのですか。
中村:方向転換しました。当初、思い描いていたような、企業向けに超小型衛星を設計開発するビジネスではなく、衛星から得たデータを企業に使ってもらうビジネスへとビジネスモデルを変更したのです。もちろん、データを得るためには衛星をつくり、打ち上げなくてはなりません。お客様が衛星を所有するリスクを取るのが難しいのなら、自分たちでそのリスクを取ろうと考えています。自分たちで開発した超小型衛星を自分たちで持つのです。
大企業ですら尻込みするようなリスクを自分たちで取るというのは相当に大胆な意思決定です。
中村:当初、想定していた超小型衛星の設計開発ビジネスでも、1年に1社ぐらい受注しながら生き残ることはできたと思います。けれど、それが今後何百社、何千社と続くとは考えにくい。衛星の設計開発ビジネス依存のままでは限界があります。
そもそも私がアクセルスペースを創業したのは、科学技術や安全保障の用途に限定されていた宇宙の価値をもっと社会に広げたい、宇宙利用をもっと当たり前のものにしたいという思いがあったからです。1年に1基の衛星をつくるだけでは、ごく限られた人にしか、その価値を提供できません。1人でも多くの人に宇宙を利用してもらうには、衛星から得たデータを提供する方法が適していました。
これまで日本が打ち上げてきた大型衛星は技術実証などが主な目的。民間企業が衛星画像を欲しいと思っても簡単に手に入れることはできませんでした。海外から買おうとすれば1枚当たり100万円近くかかってしまいます。現実的に衛星画像をビジネスに利用するのは難しかった。我々はそういう宇宙のハードルを下げ、誰でも日常的に宇宙の価値を活用できるようにしたいと考えています。
暮らしや生活に直結するデータが得られる
衛星から得たデータを企業に使ってもらうという新たなビジネスモデルは、どのような仕組みで実現するのですか。
中村:今、進めているのが「AxelGlobe(アクセルグローブ)計画」です。2022年までに60~80cm立方の超小型衛星50基を打ち上げ、この衛星群で毎日、全地球を観測し、その宇宙ビッグデータを蓄積して企業に提供しようとしています。
100基つくっても大型衛星1基分のコストで済む超小型衛星のメリットを生かし、「数」で勝負します。地球観測において、数を生かすということは観測頻度を高めること。大型の衛星1基を打ち上げた時の観測頻度は1~2週間に1回程度ですが、超小型衛星を50基打ち上げれば、1日1回、全世界を観測することが可能です。日々、データを更新する中で、私たちの暮らしや生活に直結するデータも得ることができます。
19億円を資金調達、3基の衛星を開発中
壮大な計画ですね。それにしても大型衛星の100分の1程度のコストとはいえ、ベンチャー企業であるアクセルスペースが50基分もの衛星を開発し、打ち上げるのはコスト的に大きな負担です。
現在開発中の次世代型超小型地球観測衛星「GRUS(グルース)」の2分の1スケールモデルとともに。(写真:加藤 康)
中村:2015年11月、アクセルスペースはベンチャーキャピタル(VC)などによる19億円の資金調達を完了しました。アクセルグローブ計画はこの資金を活用して進めます。
日本にはこれまで宇宙ベンチャーに投資した経験を持つVCはなかったので、この資金調達も簡単ではありませんでした。日本のVCってITベンチャーへの投資が圧倒的に多い。ITベンチャーと我々のような宇宙ベンチャーとは金額規模もスケジュール感も全く違います。ITベンチャーが1億円を資金調達したら、「よく集めたね」といわれますが、超小型衛星は1基もつくれません。ITベンチャーへの投資は一般的に、アプリやゲームのヒットを待ち、1、2年で売り抜けてキャピタルゲインを得るというのが定番のパターン。ところが、衛星ビジネスを営む私たちの場合は、開発から打ち上げ、サービス提供、IPO(新規株式公開)と出口にたどり着くまでに少なくとも5年ほどの期間が必要です。こうした状況を理解してもらい、お金を出してもらうのは至難の業でした。
ラッキーなことに、2015年初頭に独立系VCであるグローバル・ブレインのベンチャー・キャピタリストで宇宙業界にバックグラウンドを持つ青木英剛さんと知り合うことができました。青木さんに我々の計画を「行ける」と思ってもらい、他の投資家を一緒に回って説得してもらうことができたのです。アメリカで宇宙ベンチャーが資金を集め始めた時期だったことも助けになり、最終的に大きな資金調達ができました。
ベンチャー企業が19億円もの資金を調達したというのは大変なことですが、50基の衛星開発・打ち上げを実現しようとしたら、まだまだ資金が足りません。
中村:19億円は最初のステップです。50基の衛星を打ち上げれば、確実に世界は変わりますが、そのために必要な何百億円という資金をいきなり集めるのは不可能。まずは19億円を使って3基の衛星を開発中です。投資家の方たちには、3基の先に新たな世界が広がるということを理解していただきました。今は投資家の方たちも「新しい世界を一緒につくりましょう」と言ってくださっています。まずは3基の衛星を2018年中に打ち上げることを目標としています。
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