決勝大会で自身にとって一番重要なのは、勝ち負けではなく世界各国から来たトップクラスの料理人の技術を見て学び、自分が成長することだ、とチョンさんは考える。夢は、クアラルンプールに京都の町屋をイメージした日本料理店を開くことだ。「いつか、美しい桜が咲く春の京都を妻と訪れ、参考になる建築を見て回ったり、町屋を利用した店を視察したりしたい」と、未来に思いをはせる。

「天下の台所」大阪で和食に目覚める
本名を改名するほどのめり込んだ日本文化

ジョー・キムラさん(スコットランド)
ジョー・キムラさん(スコットランド)

 スコットランド出身のジョー・キムラさん。父方・母方いずれの祖母も料理上手で、子供の時から夢は「シェフになること」だった。両親がフランスに移住したため、同地の学校で伝統的なフランス料理を習い、同地の店やイギリスの著名シェフ、ゴードン・ラムゼイ氏の店などで料理人としての腕を磨いた。通っていた小学校で、日本人の子供たちとの文化交流を体験して以来日本に興味を抱いていたキムラさんが、初めて「本当の和食」に触れたのは2006年。「天下の台所」と呼ばれていることを知った大阪を訪れたのだ。最初に口にした「和食」はなんとタコ焼き。「タコがまだ生きていて鉄板の上で踊っているように見え、おっかなびっくりだった。でも、とてもおいしかったよ」と笑う。

 キムラさんは、2カ月間の滞在を通して、和食がそれまで故国で味わってきたものとはまるで違うことに衝撃を受ける。例えば、さまざまな材料を使ったロンドンの寿司とは異なり、日本の寿司は米とネタだけでとてもシンプルなのに奥深い味わいがあった。以来、「和食を究めたい」という思いが募り、帰国してからは創作和食店「NOBU LONDON OLD PARK LANE」や同地の日本料理店で経験を積む。和食の基本を学ぶ中で、特に印象的だったことのひとつは包丁の扱い方。「西洋では道具に敬意を払うという考え方はなく、『正しい』包丁の手入れの仕方、扱い方を習うことはなかった」からだ。

 実は「キムラ」という苗字は、元々は和食をはじめとする日本文化にのめり込む彼を見て、ある店の日本人料理長が付けたニックネーム。しかし、「自分の3分の1は日本人」と言う彼は、2年前に本名を「キムラ」に改名。そして、15年にはデンマークに渡り、首都コペンハーゲンに日本料理学校「オイラン」を開校する。イギリスではなくデンマークを選んだ理由は、同地では和食に必要な昆布をはじめとする海藻類が手に入りやすいこと。また、シンプルで食材を大切にする北欧の料理に、和食に通じるものを感じたからだ。

「『サバの味噌煮』、リンゴ、ショウガ、冬野菜添え」
「『サバの味噌煮』、リンゴ、ショウガ、冬野菜添え」

 キムラさんの「和食ワールドチャレンジ 2016」出品料理は、「『サバの味噌煮』、リンゴ、ショウガ、冬野菜添え」。コンテストの時期を考え、冬に最も脂がのるサバを用いた和食の定番料理をベースに、サバのヒレに見立てたリンゴのスライスをあしらった一品だ。サバの脂とリンゴの酸味のバランスに腐心。どの種類のリンゴが一番良い効果を生むかを探るため、試作を重ねたという。

 17年には日本料理の本の出版も予定しているというキムラさん。これから、さらに多くの日本人料理人たちとの交流を通して知識を深め、真の和食を西洋の人々に伝えていきたいと意気込む。

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