ポルシェの「やりすぎ工場」キーマンに聞く
完成したばかりでも「現状は不満足、すべてを見直す」
(前半から読む)
ポルシェのライプツィヒ工場を取材した感想は、「ここまでやるか」だった。最新のボディショップがすごいのはもちろんだが、手作業によるボディ確認工程はアストンマーティンさながらだ。台数も少なく価格も高いアストンならまだしも、(もちろん絶対価格は安いものではないが)日本でも1500万円以内で買える“量産車”としては、キュービングを用いたチリの精度を含め、異例のクオリティだろう。
塗装前、そして塗装後もフィーリンググローブと呼ばれる白い手袋を付け、手で触ってボディチェックをしている。詳しくは前半参照(写真提供:ポルシェジャパン 以下同)
ボディショップの責任者に「このやり方を本当に続けるのか」と尋ねると、「将来的には部品レベルで精度を上げて、より効率化を図っていく」と当然の如く答えた。ここからは、パナメーラのボディショップのゼネラルマネージャー、クリストフ・ベアハルター氏へのインタビューを読んでいただこう。
ポルシェ ライプツィヒ工場 パナメーラ ボディショップ ゼネラルマネージャー、クリストフ・ベアハルター氏
クリストフさんの略歴を教えてください。これまでもずっと生産部門にいらしたんですか?
クリストフ:そうです。生まれもポルシェ本社のあるシュトゥットガルトの近くで、今年でポルシェに努めて25年になります。
最初は本社の生産部門に配属されました。そのあと、シュトゥットガルトのボディショップにいて、カイエンを作ることになった際に、ボディショップの導入計画を担当しました。2000年にここライプツィヒに工場を作ることになり、立ち上げからずっといます。初代パナメーラのプランニングやマカンの導入、その後、この新型パナメーラのボディショップのプロジェクトを開始しました。いまライプツィヒには使う技術や素材、規模も異なるマカンとパナメーラの2つボディショップがありますが、私はパナメーラの方を見ています。
ボディショップの肝は「MSB(※注)」だと思いますが、導入に際して一番大変だったことはなんですか?
MSB:大型FR(フロントエンジン・リアドライブ)車用の新しいモジュラーコンポーネント。ボディサイズに対してフレキシブル性があり、最初からロングホイールベース版(エグゼクティブ)や、登場が噂されるショートホイールベース版にも対応が可能となっている。またプラグインハイブリッドのような、モーターの追加で重量がかさむことも視野に強化版モジュールが用意されている。VWグループにおいて、このセグメントのものはポルシェが開発を担い、のちにベントレーなどに展開される予定となっている。
クリストフ:最大のチャレンジは、新しい製品、新しい工場、新しい製造ライン、そして新しい人材を育成し、全てを統合することでした。プラントを作り、ラインが正しく動き、作業員をちゃんとトレーニングすること。そして新しい結合技術など、全てが挑戦でした。人の採用や研修、新たなプロダクションラインの導入、品質管理、メンテナンスなど、さまざまな部署と連携しながら、それらすべてを同じ方向に進めていくのが私の仕事です。
ボディショップの工程で時間が掛かる
この新しいボディショップを始めるに当たって、どれくらいの人を採用して、どんな体制で生産しているのですか?
クリストフ:まず約200人を採用して、現在は1シフト制で稼働しています。更に品質管理やメンテナンスなどで160人ほどを採用していて、合計で約450人くらいいます。状況的には今、1.5シフト体制が組める状態になっていて、将来的には、これから雇用を増やして育成して、約800名で3シフト体制を組む予定です
現在、1日に何台のパナメーラが作れるのですか?
クリストフ:今は60台ですね。年末には90台、来年は2シフト制で140台/日になる予定です。
そしていずれ3シフト制になれば?
クリストフ:来年の8月頃には3シフト制にする予定です。最大で1日250台以上を製造するキャパシティができます。もちろん生産体制は柔軟に変更でき、需要に合わせて作っていく予定です。すでにロングボディ(エグゼクティブ)の生産も始まっていますが、色々と試しながら夜間にプログラミングなどの導入を進めています。
アッセンブルのラインではこの新型パナメーラをはじめ、SUVのカイエンとマカンが同じラインを流れている。クラウドで集中管理されたデータによって、世界中から入る受注オーダー順に車両が流れていく。ハンドル位置など仕向地よる違いや、こうした写真のようなオプションの赤いレザー内装など、同じ車両が2台と続くことはない。
日本にも導入が決まったロングバージョン、パナメーラ 4 E-Hybrid Executive
今日、ボディショップを見学して、最新技術と手作業の部分が混在していてとても興味深かったのですが、あれだと1台のクルマを作る過程において、ボディショップが時間を取りすぎるのではないかと思ったのですが?
クリストフ:いまボディショップで1台に1日半かかっています。外板パネルのチェックが終わるとペイントショップへ移動し塗装が施され、最終チェックのためにこちらへ戻ってきます。製造時間としては、ペイントを除けば約10時間といったところです
それは手間がかかっていますね。やっぱりアルミが多すぎるからですか?
マイスターの技術は伝えられるか
クリストフ:多すぎることはないですよ。今は時間がかかっていますが、それはまだ手順を確認しながら進めているからです。年内には精度が上がり、作業はもっと早くなっているはずです。また、パーツが改良されていくに伴い、手作業が減っていきます。それも計画のうちです。いま担当している人たちも手作業を離れて、その人員が2シフト、3シフトの体制にむけて移行していきます。それに向けての研修も並行しながら進めています。
なるほど。ちなみにアルミなどの外板パネルはどこで作っているのですか?
クリストフ:プレス加工された外板パネルはヨーロッパ中からやって来ます。サイドパネルと天井はオーストリア、他のパーツもオーストリアをはじめ、ドレスデンなどこの周辺エリアの工場から送られて来ます。
この工場はかなりの部分で自動化が進んでいる印象ですが、例えば本社で作られている911のボディショップなどは、まだ人の手によるところが大きいのでしょうか。
クリストフ:ええ、ここがもっとも自動化されています。自動化は、新型のパナメーラのパーツの大きさと重さを考えると必須ですね。これらのパーツを人手では扱えません。ただ逆に、完璧なサーフェス(表面)を作れる機械はまだ存在しません。どうしても人の手が必要になるのです。
そういったマイスターといいますか、経験と特別な技術を有する人たちが持っている無形の資産を、どうやって新しい世代に伝えていくのですか?
クリストフ:この工場をつくる以前に、まず特別なプログラムを用意しました。すべてのラインで必要なスキルを確認し、パーツにマシンを入れるだけでいいのか、プログラミングが必要か、修繕の技術は、など200人分の必要なスキルを洗い出したうえで、新しく採用した人たちにトレーニングをしてきました。
人材育成のために、E-ラーニングをはじめ、実作業に関しては実践形式で行うシュミレーターが組まれた部屋があり、また図のようにアッセンブルやボディショップなどそれぞれ4つの部門で資格を取得しはじめてここで働くことができる。作業員の負担軽減のために、ラインの高さ、動線などを改善する一方で、地元のライプティヒ大学とともに人間工学的に優れた作業姿勢を研究しているというのがなんともポルシェらしい
なるほど。あの人に手による最終工程は本当に驚きました。まさしく「ここまでやるのか」と。
クリストフ:マカンの場合、ボディはほとんどが鉄です。一方でパナメーラはほとんどがアルミです。鉄とアルミのフィニッシュ工程は全く異なります。911も外板の多くにアルミを用いており、似たような工程はありますが、パナメーラはボディが大きくキャビンも広く、ポルシェの中でも特別なのです。
工程を省けばもっと儲かるのでは…
もしかして、いまポルシェの量産車ではパナメーラがもっともアルミ比率が高いと言えるのでしょうか
クリストフ:はい、そうですね。軽量ボディのためにはそれが一番です。燃費にも効きます。パナメーラは大きいが、ホワイトボディだけでみればマカンよりも軽いのです。
軽量化のためボディ骨格の大半にアルミニウムを使用する。塗装前のいわゆるホワイトボディの重量は335kgと、従来型に比べて約70kgもの大幅な軽量化を実現しているという。アルミと鉄という異素材を結合するための技術も、接着やリベット、スクリュー(FDS)など約10種類もある
しかし、量産車であることを考えると、もうちょっと工程を省いた方がコストが少なくなるし、儲かると思うのですが、新型パナメーラに対してこれほどの工程が必要だ、という意思決定はどういう経緯で?
クリストフ:その決定は、まずどういうクルマにするかという目標があり、「そのために、この技術やこの素材を使う」という必然性のもと、それを達成するために下されたものです。目標達成に必要な技術や素材を採用するとなると、工程はこれ以下にはできないのです。現状としては最小限に抑えています。
パナメーラはポルシェにとって上級車種であり、例えば、黒い塗装のボディを太陽光のもとで見た際にも完璧なサーフェスにすることを目標に置いています。これまでもポルシェはボディには気を配ってきましたが、あらゆるクルマの中で一番になりたい、そう思っています。
あらゆるクルマで一番ですか。あのキュービングの工程もあわせて見れば、それもあながち大袈裟でない気がします。しかし、生産にあたって開発サイドと議論を重ねていく上で、もろもろ衝突もあったのではないかと思うのですが、それはどうやって解決するのですか。「それはできないよ」って突っぱねるのか、代替案を提示するのか。
クリストフ:それはまあ、両方ありますね(笑)。私たちが提案したものを、彼らと検討することももちろんあります。いずれにせよ最終的にはコンセンサスを得なければなりません。
一番、難しかったのは?
クリストフ:長い間議論したのは、アクスル(axle、車軸)にあるボルトをドリルする工程があって、耐久性や安定性などについて長い間議論をしました。また、接合方法もレーザー溶接に、スポット溶接、ボンディング、ボルトやリベットなど、何種類もあるので何を使うのかも議論の種です。特にレーザー溶接は、アルミは熱に弱いため、熱を逃す方法に苦労しました。
あと驚いたのが、パナメーラのアルミパネルの角のシャープさです。あれは製造サイドとしては、あまりやりたくないのではないかと思ったのですが。
キュービングのコーナーに展示された完成車。ここでは例えばモーターショーの照明に光の加減をあわせるなど、さまざまな環境下での見え方もチェックしている
クリストフ:そうですね(笑)。実際に作るのはとても難しいものです。大きなスタンピングツールがあり。それを使って非常に細かな複数のパーツを作っています。形状をつくるフォーミング工程はとても難しいものです。
「現状には満足していません。すべてを見直します」
クリストフさんとしては、ボディショップのさらなる最適化を考えていると思いますが、次のステップは何になりますか?
クリストフ:例えばドアや天井、バンパーなどをどのように車体に取り付けていくかということです。現状には満足していません。将来的にはすべてを見直す予定です。
すべてを見直す? やっと完成したばかりなのに?
クリストフ:そうです。現状でももちろん機能はしていますが、まだ複雑すぎるのです。例えば、ボンディングに関しても最適な分量を、正しい位置で取り付けること。量も位置もとても正確である必要があります。しかし、現状ではまだ無駄な部分がある。
たとえばアルミに関しては、同グループのアウディが長年蓄積してきた技術と経験があると思うのですが、その辺りの情報共有というのはされるのでしょうか?
クリストフ:もちろん、やります。アウディの技術者と話して、よい方法を学び、互いに交換トレーニングなども行っています。最終ラインもアウディのものを参考にさらに作り込みました。
ポルシェに25年以上お勤めとのことで、長年ポルシェに携わることをどう感じていますか?
クリストフ:キャリアの始めの頃は、ここには4、5年いれば良いかなと思っていましたが、気づけば25年になりました。自分たちで作っていて言うのもなんですが、ポルシェの製品にはいつも驚かされますし、いつ見ても美しい。
では最後に、一番好きなポルシェのモデルは?
クリストフ:911です…いや、新型パナメーラですね(笑)。本当にいいクルマです。リムジンですが、まるで純粋なスポーツカーに乗っているみたいです。今はマカンに乗っているのですが、次はパナメーラに乗りかえる予定です。
この取材を通じて、かつてリーン生産方式をトヨタに学んだポルシェは、すでに新しい段階へと移行していることを感じた。そして、ライプツィヒで生産されたクルマが世界中で高く評価されることの所以を垣間見た気がした。
ポルシェは今年も米マーケティング調査機関J.D.パワー社の「自動車商品魅力度調査」において総合首位を獲得している。これは2004年以来、12年連続という。車両開発だけでなく生産技術においても、ポルシェは世界の一歩先を走っていると思える。
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