頭皮に埋まっている10個ほどの毛包からDSCCを分離し、専用の培地や装置を使って100万個程度まで培養した後、凍結して医療機関に送る。医療機関では医師が特殊な注射器を使って、患者の頭皮の脱毛部位に注入する。

 どれくらいの濃度でDSCCを注入するのが適切か、毛髪再生効果がどれくらい継続するかなどを臨床研究を通じて調べる。19年には全例の解析結果が判明する見通しだ。

 壮年性脱毛症は、男性に比べて頻度は少ないものの、女性でも見られる。男性では脱毛部位と非脱毛部位の境界が明確であるのに対し、女性の場合は一般に、頭頂部の広範囲にわたって毛がまばらに薄くなる。

 ヘアスタイルは女性の容姿を印象づける要素であることから、薄毛が女性に与える精神的苦痛は大きい。一方で、医療機関で処方される飲み薬であるフィナステリドやデュタステリドは、男性でしか有効性と安全性が確認されておらず、女性には使えない。その点、毛髪再生医療は理論的には男女問わず効果があると考えられている。

 資生堂ライフサイエンス研究センター再生医療開発室の岸本治郎室長は、「薄毛に悩む女性にとって毛髪再生医療のニーズは高いだろう」とみる。

毛包を体外で再生して移植

 一方、幹細胞を使って毛包という「器官」そのものを体外で再現し、脱毛部位に移植する治療法の研究も進んでいる。 理化学研究所多細胞システム形成研究センターの辻孝チームリーダーのグループは、マウスを使って毛髪再生の実験を進めている。

 マウスの毛包にある2種類の幹細胞を特殊な技術で凝集させた「再生毛包原基」を作製。それを、皮膚の毛のない部分に移植すると再生毛が生えてくることを確かめた。

ひげから作った再生毛包原基を移植した部分に毛が生えた(写真=マウス:理化学研究所提供)

 理研のほか、辻氏が取締役を務めるベンチャーのオーガンテクノロジーズ(東京・港)、京セラ、首都圏の大学医学部がチームを結成し、19年からヒトの再生毛包原基を作製・移植する臨床研究を始める予定だ。京セラは、2種類の幹細胞から再生毛包原基を効率良く作製する装置の開発を手掛ける。

 脱毛のメカニズムには男性ホルモンが関与しているが、どの場所の毛包が男性ホルモンの影響を受けるかは遺伝的に決まっている。壮年性脱毛症に悩む人の多くで、前額部や頭頂部の毛髪は薄くなるのに、後頭部はフサフサなのは、このためだ。

 従って、「毛髪がある後頭部の幹細胞から大量の再生毛包原基を作って移植すれば、その毛包は男性ホルモンの影響を受けず、後頭部の毛が再生し、永久的に毛の伸長と発毛が維持されることが期待される」(辻氏)。

 12年に京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長がノーベル生理学・医学賞を受賞して以来、世の中の注目を集めている再生医療。国も産業化を後押しする。14年11月には薬事法の改正とともに「再生医療等安全性確保法」が施行された。これにより、民間企業の施設や工場が許可を得た上で、医療機関の委託を受けて体外で細胞の加工や培養、保存を行えるようになった。だからこそ、資生堂のようなプレーヤーが参入できるのだ。

脱毛・薄毛の根治が期待できる
●壮年性脱毛症に対する主な既存治療と毛髪再生医療の比較
メカニズム 欠点
かつら
脱毛・薄毛を隠す ● 本質的な治療ではない
育毛剤
(医薬部外品、化粧品)
頭皮の血行を促進する、毛髪のハリを出すローション ● 効果が限定的
発毛剤(医薬品)
ミノキシジル(リアップ)
毛包の成長を活性化してヘアサイクルを正常に戻す塗り薬 ● 毎日塗布する必要がある
フィナステリド、
デュタステリド
脱毛症の原因物質の産生を抑制する飲み薬 ● 医師の処方箋が必要
● 毎日服用する必要がある
● 女性は使えない
自家植毛
後頭部から毛根ごと頭皮を切り出して脱毛部分に移植する ● 頭皮全体の毛髪量は変わらない
毛髪再生
医療
後頭部のごく一部の頭皮から細胞を分離。培養して増やし脱毛部分に移植する ● 2020年以降の実用化に向けて研究中

 だが現時点では、再生医療の中で実用化されているのは、主に2種類しかない。造血幹細胞など自分の幹細胞を体外で培養して増やし、体内に戻す「幹細胞移入療法」という方法。そして、皮膚や軟骨、筋肉といった「組織」を体外で作成して移植する方法だ。心臓や眼球といった「器官(臓器)」を体外で再現して移植する再生医療は、まだ確立されていない。

 理研の辻氏は、「再生毛包原基による毛髪再生が実用化すれば、器官を丸ごと作る再生医療としては世界初となる」と意気込む。

 矢野経済研究所によると、かつらや植毛、育毛剤などの国内ヘアケア市場は15年度で約4400億円に達する。毛髪再生医療の実用化は薄毛に悩む中高年にとって福音となることはもちろん、日本の医療産業にも大きなインパクトをもたらしそうだ。