悲観的なヒルビリー、夢を持つ農民工

ヒルビリー・エレジー~アメリカの繁栄から取り残された白人たち~』著者:J. D. ヴァンス、翻訳:関根光宏、翻訳:山田文、解説:渡辺由佳里(光文社)

 これは、アメリカでベストセラーになった『ヒルビリー・エレジー』を読んだときの感覚とも似ている。

 ドナルド・トランプの強い支持基盤として知られるようになった「ヒルビリー」とは田舎者の蔑称だ。『ヒルビリー・エレジー』の著者J. D. ヴァンスはこう説明する。

 「先祖は南部の奴隷経済時代に日雇い労働者として働き、その後はシェアクロッパー(物納小作人)、続いて炭鉱労働者になった。近年では、機械工や工事労働者として生計を立てている。……つまり、彼らは『アメリカの繁栄から取り残された白人』なのだ」

 「繁栄に取り残された労働者階級」という意味で、中国の「農民工」は、「ヒルビリー」と似たところがある。どちらも、貧困が代々伝わる伝統になってしまい、なかなかそこから抜け出せない。

 しかし、異なる部分も多くある。

 ヒルビリーは「アメリカで最も悲観的な人々」だ。人種差別の対象になっている黒人やヒスパニックでさえ、過半数は「自分の子どもは自分より経済的に成功する」と次世代に期待している。だが、ヒルビリーの過半数は、子どもの世代のほうが自分の世代より悪くなると思っている。

 それに比較して、中国の農民工は「明日には自分の番が回ってくる」という夢を捨てていないようなのだ。アメリカのヒルビリーは政府から多くの援助を受けているが、中国の農民工は国から保護など受けていない。それでも、彼らは、怒りもせずに、明日のほうが良くなると信じて黙々と働く。

 もうひとつの違いは、ロウソクの味がするパンしか食べられない貧しい農民工たちの心の豊かさだ。外国人である山田氏と友情を築いた彼らは、自分が食べていくことさえ困難なのに、必ず「ご飯を食べに来て」と招待する。そこに、ホロリとした。絶望や憤りを移民や外国人に向けるヒルビリーとは、大きく異なる。

 この本を読んでいるときに改めて実感したのが「中流階級」の重要性だ。

 1970年代、日本では「一億総中流」という表現があった。人口約1億人の日本人のほとんどが、自分のことを「中流」とみなしていたのだ。この時期の日本人は、今ほど物を持っていなかったが、自分の暮らしに満足し、将来に夢を持っていた。

 だが、最近の日本のソーシャルメディアでは、「親の時代はラッキーだった」、「親の世代より、子の世代のほうが悪くなる」といった悲観的な意見が目立つ。

 中国においても、農民工の楽観性や忍耐がそろそろ尽きようとしているようだ。

 どの国でも、国民の多数が「将来が良くなる」という夢や楽観性を失うと、「政府は何もしてくれない。すべてを壊してしまえ」という極論に惹かれるようになる。それがアメリカの「トランプ現象」でもあった。

 現状を打ち壊すのは、一時的にはすっとするかもしれないが、国が不安定になって、状況は以前より悪化する。その悪影響を真っ先に受けるのが、低収入の労働者階級だ。

 個人的に恵まれた環境にある人は、「自分には関係がないこと」と思うかもしれない。だが、中流階級が消えることによって、国は不安定になる。そうなったときに影響を受けるのは国民全体だ。

 また、収入格差がアメリカより激しい中国で社会が不安定になったら、隣国も影響を受ける。

 アメリカと中国という二つの大国で起きていることは、日本にとっても無視できないことなのだ。

渡辺 由佳里(わたなべ・ゆかり)
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家。助産師、日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)、『暴言王トランプがハイジャックした大統領選、やじうま観戦記』(ピースオブケイク/Kindle版)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016』(晶文社)など。翻訳には、糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。