日本の大手企業の多くは現在、既存の主力事業の活性化に苦しんでいる。何十年も前の科学技術を基に既存の主力事業を展開し、そして改良技術をつぎ込むことで主力事業を延命させている企業が多い。このため、大手企業が新規事業起こしをする有力な手段の1つとして、ベンチャー企業と提携したり、買収したりすることに注目が集まっている。中でも、有力な研究大学の研究成果を基に創業した大学発ベンチャー企業は注目の的である。特に、最近はAI(人工知能)系の事業を進めている大学発ベンチャー企業は各方面から注目を集めている。

 こうした大学発ベンチャー企業による新産業活性化を強力に進めようとする現政府の施策によって、日本を代表する研究大学である東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学の4国立大学はそれぞれ傘下に子会社としてベンチャーキャピタルを設立。大学発ベンチャー企業の育成を手がけ始めている(「本格化する大学発VCの投資活動、東北大は約100億円を元手に15~20社に投資へ」参照)。

 こういった有力な国立大学による一連の“官営”ベンチャーキャピタルの取り組みの流れとは別に、私立大学である慶応義塾大学に関して2つの大きな動きがあった。1つは、2015年末に自力で設立したベンチャーキャピタルが10月に出資を開始したこと。そしてもう1つは、同大学の傘下に新たなベンチャーキャピタルが誕生することだ。国立大学だけでなく私立大学もベンチャー育成に力を入れ始めたという流れは、これからの大学の使命の1つを鮮明にするという意味で、注目に値しそうだ。

AIのプラットフォームに注力するベンチャーに出資

 10月に出資を開始したベンチャーキャピタルは慶応イノベーション・イニシアティブ(KII、東京都港区)。KIIは、慶応大学傘下の慶応学術事業会(東京都千代田区)と野村ホールディングスがそれぞれ80%と20%を出資し、2015年12月15日に設立された。同社の資本金は5000万円である(この他に資本準備金として5000万円)。慶応学術事業会は、慶応大が99%を出資している株式会社であり、慶応大の各キャンパスの設備管理などをはじめとする多彩な事業を展開している。

 KIIは、2016年7月1日に「慶応イノベーション・イニシアティブ1号投資事業有限責任組合」という第1号投資ファンドを設けた。この投資ファンドの総額は約45億円であり、今後10年間にわたって運営される(最大2年間延長の可能性がある)。

 そして、投資ファンドの投資案件第1号として、今年10月7日に慶応大発ベンチャー企業のカラフル・ボード(東京都渋谷区)に5000万円を出資した。カラフル・ボードは2011年11月に創業した慶応大発ベンチャー企業で、ユーザーの感性を学習する人工知能プラットフォーム「SENSY」の事業化を進めている。この人工知能プラットフォームは慶応大の相吉英太郎名誉教授の研究成果などが利用されている。

KII代表取締役社長の山岸広太郎氏

 第1号投資ファンドの主な対象領域に関しては、「IT融合領域のIoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、AI(人工知能)、ロボティクス、ドローンなどに、デジタルヘルス、バイオインフォマティクスを中心としたライフサイエンスやエンジニアリングなど」と表明しており、カラフル・ボードもこの領域に属している。ただし、対象領域に関しては、有望な事業分野と判断すれば、柔軟に対応する構えである。

 今回の第一号投資ファンドは、出資者が多彩な点が大きな特徴。出資した法人は16機関、個人は3人。具体的には三井住友銀行、第一生命保険、みずほ銀行、三菱UFJキャピタルなどの銀行や生命保険、ベンチャーキャピタルなどの機関投資家が8社、グリーや公共建物、東急不動産ホールディングスなどの事業会社が6社、KIIの親会社である慶応大と野村ホールディングス、個人投資家が2人、KIIの代表取締役社長に就任した山岸広太郎氏がそれぞれ出資した。