(前回から読む)
サントリーが基礎研究の拠点として昨年5月、けいはんな研究学園都市に開設したサントリーワールドリサーチセンター(写真:直江竜也、以下同)
約400人の研究員が大きく7つのテーマの研究に取り組んでいる
京都府下、けいはんな研究学園都市にサントリーが作った研究施設、サントリーワールドリサーチセンター(SWR)。そこではビールやウイスキー、飲料などの商品開発ではなく、広範囲にわたる基礎研究を行っている。
冒険のための7つのテーマ
SWRは東京ドームと同じくらいの敷地に天井高のある4階建ての建物だ。開放感のある施設のなかで、250人ほどの研究者は次の7つの研究テーマに取り組んでいる。
・自然の恵みが秘めた力を見つけ出す。
農作物などに含まれる天然成分、微生物の研究。
・自然の恵みを未来につなぐ。
水をはじめとする自然の恵みを永続的に利用するためのしくみを構想する。
・食と体の関わりを解き明かす。
新たな可能性を持つ素材や成分を見つける。
・生きものの可能性をひろげる。
微生物、植物の働きを見極め、潜在的な能力を引き出し、新たな価値を創造する。
・素材の効果を裏づける。
新たな素材を評価、試験するためのアプローチや分析技術を探求、最適な手法を用いる。
・素材の魅力を引き出す。
素材に秘められた味や香り、効能をより多く引き出す条件、配合、技術を探求する。
・新しいつくり方を生み出す。
省資源、省エネルギーで安心、安全な、ものづくり技術を追求する。
いずれも、ストレートに売り上げに結びつく研究ではない。
「まずは対象をひろくとらえて、好きなことをやってみろ」という経営者の態度から生まれた施設だ。さらに言えば、「金になるかならないかはいまは気にするな。それよりもまず、やりたいことに取り組め。ただし、結果は出してもらうよ」ということなのだろう。
いわば冒険である。そして、冒険を後押しする精神はサントリーの創業者、鳥井信治郎からきている。
サントリーの創業者・鳥井信治郎(写真提供:サントリー)
サントリーの社史ともいえる『やってみなはれ みとくんなはれ』(開高健、山口瞳 新潮文庫)にはこうある。
「ウイスキーの製造を発表すると、寿屋(現サントリー)の全役員が反対した。東洋製罐社長で、後の通産大臣高崎達之助が反対した。『イカリソース』をつくっていた山城屋の木村幸次郎が反対した。味の素の鈴木三郎助も反対した。(中略)
しかし、信治郎はすべての反対を押し切ってしまった。(略)理屈めいたことをいわなかった。
『やってみなはれ。やらなわかりまへんで』
これだけだった」
度胸と執念を引き継ぐ
鳥井信治郎のビジネス人生は冒険の連続だった。ウイスキー製造、さまざまな新商品の発売。だが、彼は周囲に反対されても、部下には「やってみなはれ」と言い放った。
そんな、鳥井信治郎は商売と同時に基礎研究を大切にした。大正8年(1919年)には社長直属の試験場を設置し、その後、各地の醸造所、蒸留所にも研究施設を作っている。
サントリーの「基礎研究」への取り組みは1919年、鳥居信治郎が社長直属の試験場を設置したことに始まる
鳥井は「度胸と執念の人」と評されたが、その精神はSWRにも残っている。見かけはスマートでスタイリッシュな建物だけれど、中で働いているのは度胸と執念を持った研究者たちだ。
「基礎研究は幹細胞のようなものです。多様に変化し、インパクトを生み出すものでなくてはならないと思っています」
いかにも理科系らしい用語を使って説明してくれたのは中原光一。SWRにあるサントリーグローバルイノベーションセンターに所属する上席研究員だ。モルツや金麦、特茶、黒烏龍茶など、中原がこれまでに開発した技術に関連する商品の売上高を足し合わせれば1兆円に迫ると推計される。度胸と執念で結果を出した研究者であり、いまは自身の研究を続けながら部下を育てている。
中原光一上席研究員(左)に基礎研究について聞きます
「基礎研究っていうと、ものすごく地味な仕事を想像するのではないでしょうか。毎日毎日、朝から晩までパソコンのモニターを注視するといったような…。もちろん、そういうこともありますけれど、わかりやすくいえば、そうですね、料理における仕込みみたいなところもあるんです。原料の加工ということです」
「やらせてください」に応える
たとえばですね、と中原が例に挙げたのがワインの発酵を促進させるための基礎研究だ。
「ワインの発酵を短期間にするために、まず試験管の段階で研究します。酵母が生き生きと活動するためには栄養分をどういった組み合わせで加えればいいか。糖分を足すにはどのタイミングがいいのか。実際にはワインの発酵では糖分を加えることはまずしません。しかし、どういった環境にすれば促進できるかを指標化することができます。指標化すれば、商品開発に役立てることができる。この研究所ではパイロットプラントで試験生産する手前までの研究をやっています」
SWRでは飲料、食品は基礎研究まで行い、サントリーウエルネスが扱っている化粧品に関してだけは商品開発まで行っている。
また、基礎研究をやっているのだが、商品開発につながった場合は実際の商品が販売されるまで、商品開発チームと並走する。基礎研究に従事しながら、現実のマーケットとも向き合う日々と言えよう。
中原が部下の研究員にはっぱをかける時はこう言うことにしているそうだ。
「やりたいことがあったら、まず口に出す。上司が『おやっ』とか『ふむ』と同意するような発想を言葉で伝えなくてはならない。青いバラの開発は植物の研究から始まったものではなく、酵母の研究チームがやりたいと言ってきたものなんです。何がしたいのか明確にしてもらいたい。
『中原さん、この研究をやらせてください』と言ってきてほしい。
そうすれば、私たち上席研究員はとっておきのセリフで答えます。
よし『やってみなはれ』」
SWRは明るい開放的な建物だ。そして、中にいる研究者もまた明るいキャラクターを持っている。
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