ポルシェの新型セダン、パナメーラ ターボ(写真:ポルシェジャパン 以下同)
「走りながら考える」の連載でお馴染み、モータージャーナリスト、藤野太一さんがポルシェの秘密に迫る短期連載シリーズ。前回(こちら)の、新型パナメーラの開発責任者、ゲルノート・ドエナー氏へのインタビューに続いて、今回は、現在のポルシェモデル全体のダイナミクス性能を統括する、トーマス・モーリク氏に話を聞く。
モーリク氏はフェラーリのF1チームで10年間、車両のセットアップやタイヤの開発を担当、その後アウディスポーツにてDTM(ドイツツーリングカー選手権)をはじめとするモータースポーツ担当を歴任したのちポルシェへとやってきた、クルマの運動性能に関するスペシャリストだ。
トーマス・モーリク氏
Dr.Thomas Maulick , Director Vehicle Dynamics and Performance
フェラーリで10年間F1に従事し、その後、2年間アウディスポーツでDTM(ドイツツーリングカー選手権)を担当する。2014年にポルシェに入社。この新型パナメーラをはじめ、911など全プロダクトの運動性能およびパフォーマンス性能の責任者である。
モーリクさんはフェラーリ、アウディスポーツとレース畑で自動車開発を経験されてきたようですが、ポルシェに来てみて、これまでとなにか違いがありましたか?
モーリク氏(以下モーリク):ずっとモータースポーツの世界にいましたから、ポルシェというよりも「市販車の開発」というものがこれまでとまったく異なるフィールドでした。レースの世界では走るサーキットが決まっていて、とにかく速く、勝つことだけが求められます。ただ1つ、その目標に向けてクルマを開発すれば良かった。でも市販車は違います。どんな道でも、どんな天候でも、心地よく快適に走ることができなければいけない。あらゆる条件に対応しなければいけません。そういう意味ではまったく違うものです。
快適さと速さは両立できる
先程ドエナーさんに、新型パナメーラの開発目標は快適性の向上にあったとうかがいました。その一方でニュルブルクリンクも速く走れなければいけない。一見すると相反するような課題をどうやってクリアしていったのでしょうか。
モーリク:快適性、もっと端的に言えば、メインターゲットは「乗り心地」を向上させることでした。メルセデスやBWM、アウディなどに匹敵するものと決めていました。それでいながら、ポルシェは速くなければいけない。過去のクルマよりも乗り心地が良くなければいけないし、スポーティさも向上させなければいけない。そういう意味でもニュルブルクリンクというのは非常に重要であり、基本的な開発拠点なのです。チャレンジングなコースであり、たった一度のトライでそのクルマのすべての性能が露見します。
もっとも大事なのは、一番速く走らせることではなく、あのコースのあらゆる路面にクルマがしっかりと追従して、気持ち良く走れるようにすることです。ニュルブルクリンクにはさまざまな要素が集約されていますから、それができれば、一般道でも、どんな道でもその気持ちよさを再現できるというわけです。
パナメーラの後席は最新のインフォテイメントシステムが備わるセンターコンソールで分割された独立2座タイプ。背後はハッチゲートになっており、ボディタイプは厳密にいえば、5ドアハッチバックとなっている
それは「速さ」にもつながるのですか?
モーリク:そう言えると思います。
いま、日本のメーカーを含め世界中の自動車メーカーがこぞってニュルブルクリンクに開発に来るようになっていますが、そういう現状をドイツメーカーの人たちはどう思っているのでしょうか?
モーリク:私たちにとっては何も問題はないですよ(笑)。競争は歓迎します。他のブランドがここで開発することを望んでいるのであれば、それは私たちの哲学が正しかったと言えますよね。
いまモーリクさんがポルシェのダイナミクス性能を司る責任者として、ポルシェはなぜ、世界中から注目される現在のようなパフォーマンスが発揮できていると分析されますか?
「正しいもの」に全てを注げる体制がある
モーリク:例えばこのパナメーラの開発をスタートした当初から、すべてを「正しいもの」にすることに注力してきました。正しい結果を導くために、最初にあるべきコンセプトを決め、かなり初期の段階から、どのタイヤを使うか、タイヤの幅やディメンジョンをどうするか、サスペンションはどうするか、エアロダイナミクスなど車両のハード面をどうすべきか、すべてにおいて検討を重ね、私たち自身でそれを決めることができました。
他社はさまざまな制約の中でクルマの開発をしなければならず、おそらくコンセプトすらしっかりと定めることができないケースも多いでしょう。そういう意味で私たちは恵まれているのだと思います。
新型パナメーラのシャシー図。フロントにはアダプティブエアサスペンションが備わり、911などで磨き続けてきた電子制御ダンパーコントロール機能「PASM(ポルシェ・アクティブサスペンション・マネージメントシステム)」を組み合わせる。さらにトルクベクタリング機能や電動パワーステアリングなどを含めて「4Dシャシーコントロールシステム」が車両全てのシャシーシステムをリアルタイムに分析、同期するという。サスペンションアーム類はアルミ製で鍛造品や中空品を部位によって使い分け、最適化。“ブレーキ命”のポルシェらしく、キャリパーの大きさは特筆ものだ(画像はオプションのカーボンブレーキ用でフロントは10ピストン!とか)
ポルシェには、ビークルダイナミクスを担当するメンバーがどのくらいいて、どのような組織になっているのでしょうか?
モーリク:メンバーは約120名います。チームは、リアエンジン、ミッドシップエンジン、そしてフロントエンジン毎にチームがあります。これに加えてスタビリティコントロールシステムのチームもあります。例えば、ESP(横滑り防止装置)を制御するチームですが、これもフロントエンジンとリアエンジンでチームが分かれています。
また、シミュレーションをするチームや初期の開発フェーズを担うチーム、開発管理のチームなどもあります。この新型パナメーラから、4Dシャーシコントロールというすべてのシャシーを統合制御するシステムを導入していますが、これらはサプライヤーから供給されるものだけに頼らず、自社ですべてコントロールするようにしています。
すべてのポルシェに通じるものは何か
さすがに綿密なチーム体制ですね。国産車の開発過程の取材をしたときに目にしたことがあったのですが、開発過程でこれはダメ、やり直しなどと言うことはよくあることですか?
モーリク:基本的には無いですね。メンバーはみな優秀で、基本的には大きな軌道修正はありません。せいぜい細かな手直しくらいです。
いまポルシェであってもスポーティなだけでなく、快適性も求められる時代ですが、あえて共通する哲学を、ひとことで言えばどうなりますか?
モーリク:ターゲットとしているのはやはり、「Most sporty car in each class」(それぞれのクラスで最もスポーティなクルマ)であることです。
なるほど。最後に先程ドエナーさんにも質問してみたのですが、ポルシェにはすべてのモデルに、共通した乗り味があると思うのですが、モーリクさんはその秘訣が何であると思われますか?
モーリク:特に秘訣はなく、哲学があります。そして、その哲学に基づく明確なターゲットがあります。
というと?
モーリク:例えば、ステアリングの入力に対してクルマがどう反応するか、リアのスタビリティの高さはどうか、などそれぞれのモデルに対して明確なターゲットがあり、それが全プロダクトにわたって一気通貫している。そのため、共通したドライブフィールがあると感じるのだと思います。それは言うならば、ポルシェ流の「ハンドライティング(筆跡)」のようなものなのです。
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ポルシェ流の“筆跡”。なるほど言い得て妙だ。他社が真似をしたくてもなかなかうまく真似のできないノウハウがつまっているのだ。
一方でポルシェであっても、いまや安全技術とは無縁でいられない。大きな声で謳ってはいないが、この新型パナメーラをはじめ、スポーツカーの911にも実はオプションながら、半自動運転とも言えるACC(アダプティブクルーズコントロール)が装着可能だ。また追突された際などに二次被害を防止するために車両を減速させるポストコリジョンブレーキシステムなども標準装備している。
モーリク氏もこれらの“運転支援”システムについては、他部署で開発されてはいるものの、テストは行うと話していた。しかしいわゆる“自動運転”に関しては言及しなかった。果たしてポルシェが自動運転を取り入れるときがくるのだろうか?
最近、ポルシェAGの社長Dr.オリバー・ブルーメ氏は自動運転に対して以下のようなコメントを発表している。
ポルシェ社長が示した「自動運転」への考え
「ドライブという行為とポルシェは、決して切り離すことができません。ドライブは“スポーツカー文化”そのものですから。しかし、だからといって自動運転を全否定するほど我々は盲目的ではありません。我々の革新は今、IT企業の攻撃から身を守るために動いています。
ポルシェは4つの主要分野に全力を傾注します。パワートレイン、軽量化、接続性、ドライバー・アシストおよびアクティブ・セーフティー・システムです。
計り知れないアイデアと“学び”への文化を持つグーグルのようなIT企業から学ぶことは多いですし、私は大きな敬意を抱いています。ITや通信関係の企業との密接な協力関係なしに、自動運転の完結はあり得ません。未来を見据えて採用したいと思う人材にとって魅力的な企業であり続けることも重要です。人材獲得戦争は非常に過酷ですから、より多くの可能性と選択肢を提供しなければなりません。ポルシェには常に発言力を保てる社風が必要です」
今年6月ポルシェは自動車のプレミアム・セグメントにおける“デジタル・モビリティ・ソリューション”分野への大手プロバイダーにも発展すべく、新会社「ポルシェ・デジタルGmbH」を設立している。これはコネクティビティ、スマートモビリティそして自動走行の分野において、ポルシェと世界中のイノベーターとのインターフェイスとなる企業だという。近い将来、同社はシリコンバレーと中国にも子会社を設立し、ベンチャーキャピタルや新興企業への投資を通じて新しいテクノロジーへの対応を進めていくという。いま同様の動きをメルセデスやBMW、アウディをはじめ世界各社が始めている。
クルマは自分の意思で動かしたい
この数年で“自動運転”という言葉をよく耳にするようになった。シリコンバレーをはじめ世界ではすでに実証実験がはじまっているし、明日にでも実現できそうな勢いで報道が相次いでいるが、ことはそれほど単純なものではない。2020年のオリンピックイヤーや2025年に実現目標を掲げてはいるが、クローズドな場所ならまだしも、リアルワールドで、しかも日本で、それを現実のものとするのは相当な困難が伴うはずだ(導入から15年が経過したETCですら、利用率は100%とはいかないわけで)。個人的にはそれまでは、ポルシェのようなクルマを手に入れて、せいぜい自らの意志で動く“自動”車を享受したいと思うのだ。
次回は、ポルシェがどのように作られているのかを探ります。ドイツ・ライプツィヒに作られたパナメーラの新工場見学記をお届けします。
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