「日本にはイノベーションが足りない」と言われるようになって久しい。「イノベーションを生み出す鍵は人事にある」と話す早稲田大学ビジネススクールの入山章栄氏と、人事戦略コンサルティングの第一人者である南和気氏が、日本企業の強みを生かした「日本型イノベーション組織」について話し合った。

(構成:井上佐保子)

ダイバーシティはイノベーションを生み出すためにある

入山:日本企業の組織づくりという意味で、すごく気になっていることがあります。「ダイバーシティはイノベーションを生み出すためにある」というのが経営学の基本的な考え方です。多様な考えや経験を持った人が一つの組織に入ることで、知と知の新しい組み合わせを呼び「知の探索」ができ、それを深化させることがイノベーションにつながると考えられているからです。しかし、多くの日本企業で、ダイバーシティの目的は「女性管理職比率を30%にすること」などと勘違いされ、本末転倒、ダイバーシティのためのダイバーシティになってしまっている気がするのです。

:おっしゃる通りです。今、盛んに「ダイバーシティが大切だ」と言われるようになりましたが、ダイバーシティは新しい知と知の組み合わせを生み出し、会社を良くするための手段であり、目的ではないということをしっかり認識するべきですよね。

入山:以前、大手企業のダイバーシティ推進室長という方がいらしたのですが、「御社はなんのためにダイバーシティを推進するのですか」と尋ねると「さあ……実は私にもよくわからないのです」とおっしゃるのです。実際、日本企業の人事の方にそうした方が多い気がします。外資系企業の場合はそうでもなくて、学者のような言い方ではないものの、少なくとも「ダイバーシティはイノベーションのためにやるに決まってますよ」といった感覚は持っている方が多い。日本企業はイノベーションの前に、まずはダイバーシティの意味を理解しないとまずいですよね。

<span class="fontBold">入山章栄氏</span><br />慶応義塾大学経済学部、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。
入山章栄氏
慶応義塾大学経済学部、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。

:ダイバーシティについては、どこがゴールなのかということをきちんと考えるべきだと思いますね。企業経営という視点では、多様化することが常に良いということもなく、むしろ均一性が高いからこそ品質が高かったり、効率がよかったりする仕事もあるわけです。けれども新しい価値創造は、知と知の新しい組み合わせをたくさん作っていかないとできない。だから多様性、ダイバーシティが必要、となります。そう考えると、多様性と均質性を使い分けることも大切だと思いますし、多様であるべきなのはジェンダーだけでもなければ、ジェネレーションだけでもなく、もちろん国籍だけでもなく、個性です。日本人男性ばかりであっても強烈に変わった個性の持ち主が集まっていればそれもダイバーシティです。

入山:大賛成です。『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP社)にも書いたことですが、海外のダイバーシティ研究によると、ダイバーシティ組織にはタスク型とデモグラフィー型という2種類があると言われています。タスク型というのは、南さんがおっしゃる通り、まさに「個性」の集まりです。それぞれの考えや知見、性格といったものが多様化されている組織のことを指します。「個性」の多様性なので、たとえ全員が男性であっても、タスク型ダイバーシティ組織になっている場合もありえるわけです。一方、男性女性とか日本人外国人といった見た目に頼ったような属性でつくられたダイバーシティのことをデモグラフィー型といいます。日本ではどちらかというとこのデモグラフィー型のことをダイバーシティと呼んでいることが多いのですが、実際はタスク型が豊かな組織の方が業績にプラスであるということが研究でも示されています。それはまさにタスク型の方が、「知の集合体」、知と知の新しい組み合わせをつくるからです。

:男性ばかりの組織に、女性を何人か入れたとしても、結局、男性グループと女性グループという小さな組織が生まれて、「女性グループの意見はどうですか?」なんていうことになってしまう。本当は女性も一人ひとり意見が違うし、男性だって一人ひとり意見が違うわけで、個の意見や知識を尊重しなければダイバーシティの意味がないですよね。

入山:おっしゃる通りです。どうも人間には脳内でグループ分けする傾向があるようなのです。例えば大勢の人を前にしたとき、人をまず、これは何々グループ、何々グループと分けて脳内で分類しようとする。だから、どうしても最初は見た目で入ってしまう。だからこそ、こうしたデモグラフィー型ダイバーシティの負の効果を取り払う「インクルージョン」が重要。グーグルなどはインクルージョンのための研修をかなり熱心にやっていますね。

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