天才イノベーター時代の終焉

入山:ただ、こうした組織変革を起こすには、やはりトップの力が必要です。

:どれほど現場で多様な意見が出たとしても、トップがそれを承認しなければ、やはり現場はすぐに上を見て仕事をするようになります。オセロの端っこと一緒で、どんな施策を行っても、トップが黒なら全員が黒になってしまうのが、失敗を恐れる日本企業の文化です。トップ自らが「俺の方を向くな。失敗してもいいから自分で決めろ」位のことを言わなければ、皆が上をみて仕事をしますし、忖度の連鎖が続いていくことになります。トップの影響力は絶大です。

入山:私の経営学的な視点から、トップがやるべきことは、会社のビジョンとか方向性といったものを常に語ることだと理解しています。多様な人たちから様々な意見が出て「なるほど」となった後、次にどうしていくかを決める際にもめてしまってなかなか決まらないのは、ビジョンが浸透してないからだと思います。もしも会社の方向感がみんな腹落ちしていて揃っていれば、多少意見がもめても会議が終わったらまとまれるものです。ですが残念ながら日本企業の場合、ビジョンが明確でなかったり、あっても誰も信じていなかったりするので、方向感がそろわずにまとまらないケースが多い。外資系企業などはそうしたビジョン研修を活発に行っています。

:ビジョンが重要というのはまさにおっしゃる通りで、海外企業は雇用の流動性も高いので、ビジョン浸透にかなり力を入れています。それをしないと、組織運営が成り立たないからです。ただ、日本企業は均質性の高い組織というところが幸いして、上司から部下、先輩から後輩へとビジョンが葉脈のように自然に組織全体に伝わっていく、という良さがあります。私はこの葉脈こそが海外企業にはない日本企業の強みだと思っています。問題は、この葉脈を通じて伝えるべきメッセージ、ビジョンの中身です。組織としてのビジョンを、個人が腹落ちできるものにアップデートしていけていないのだと思います。

入山:面白いですね。海外企業はダイバーシティに富んでいる上、離職も多くて人の入れ替わりも激しいから、実は葉脈づくりに莫大なコストと時間を投入しているというわけですね。日本の場合はその葉脈はしっかりできているから、ビジョンを腹落ちできるものに変えてあげるだけでいい。トヨタなどはそれが上手くできてきている例かもしれません。葉脈は非常に強い会社だと思うので、2兆円の利益を出しているにもかかわらず、豊田章男社長が発信する危機感がじわじわと社内に浸透してきている印象を持っています。

:少し前まで、イノベーションとは、スティーブ・ジョブズのような天才的なリーダーが全員を引っ張っていくようなモデルが主流でした。私はAKB48を日本のイノベーションの一例として取り上げることが多いのですが、AKB48が達成したのは「CDを1人が何枚も買う」という価値の創造です。これは秋元康氏というプロデューサーが「1人が同じCDを何十枚も買うモデルにしないとアイドルは続かない」と発想したからこそ生まれたイノベーションでした。ただ、今の時代は1人の天才的なリーダーの思いつきで全部を引っ張れるほど甘くはありません。情報の伝達スピードが飛躍的に高まっていて、そうした思いつきは瞬時に拡散し、すぐに模倣されてしまうからです。そのため、これからのイノベーションは、現場で日々のオペレーションを積み重ねていく中、組織全体で次々に新たな価値を生み出していけるかどうかが勝負になっていきます。こうした「イノベーティブな組織」をつくるためには、入山先生がおっしゃるように、トップが提示したビジョンを、全社員が共有し、同じ方向に向かっている必要があります。そうでないと、結局はどこに向かっていけばよいのかわからなくなって「指示待ち組織」に戻ってしまう。

入山:進むべき方向、ビジョンはリーダーがしっかりと指し示し、それを社員全員が腹落ちするよう伝える。けれど、そのための方法論やそのために何をするか、というのは現場の余白で生まれたアイディアを「なるほど」と言いながら吸い上げ、失敗を恐れず形にしていく。日本企業の強みを生かした「日本型イノベーション組織」というのは、そんなイメージでしょうか。