人はゼロから何かを生み出せない

入山:イノベーションの原点は新しいアイデアや知見を生み出すことですが、経営学では、その根本のメカニズムは、既にある既存知と別の既存知との新しい組み合わせとされています。というのも、人間はゼロから何かを生み出すことはできず、新しいものを生み出すには、何かと何かを新しく組み合わせる必要があるからです。シュンペーター(オーストリアの経済学者。イノベーション研究の始祖と言われる)はこれを「新結合(new combination)」と呼んでいますが、これは何十年前から変わらない、世界のイノベーション研究の根本的な考え方の一つです。新しいことを生み出す時、人の脳内ではシナプスがピピっとつながると言われますが、それはつまり既存知と既存知の新しい組み合わせだと考えたらいいのではないかと思います。ですが、人間というのは認知に限界があり、遠くのものはよく見えないので、どうしても目の前のものだけを組み合わせる傾向にあります。

:しかし、目の前のものを組み合わせるだけでは、新しいものは生まれないわけですね。

南和気氏
大阪大学法学部卒業後、米国企業を経て2004年よりSAPジャパンに入社。人事ソリューション事業責任者、アプリケーション営業責任者などを歴任し現職。現在、 SAP Asia Pacific Japanに所属。200社を超える人事コンサルティングの実績を持ち、グローバル経営戦略において「日本企業が勝つための人事」の提言に定評がある。著書に『世界最強人事』、『人事こそ最強の経営戦略』など。2017年度、立命館大学大学院にて「人的資源管理」講師を担当。

入山:今、イノベーションで苦しんでいる企業の多くは歴史が長く、社員は新卒一括採用され、終身雇用されています。そうした同質的な人たちが、同じ事業部で何十年も一緒に同じ仕事をしてきて、「イノベーションが起きない」と悩んでいるわけですが、それはどう考えても無理です。同じメンバーで何十年もやっているうちに、既存知と既存知の組み合わせが終わってしまうからです。

入山:知と知を組み合わせるときには、なるべく遠くの知見を幅広く取る「知の探索」と、その組み合わせを深堀りする「知の深化」が重要です。この両方ができる企業、「両利きの経営」ができる企業が強いというのは、海外の経営学では幅広く主張されています。ですが、一般的に企業は「知の深化」の方に偏っていく傾向があります。その理由は、人間の認知に限界があるということだけでなく、「知の探索」には時間もコストもかかる上、失敗も多いからです。

:ここで組織のあり方が関わってくるわけですね。組織として失敗を許容できなければ、イノベーションに必要な「知の探索」ができない。

入山:そうなんです。日本の大企業によくあるのが、社内の有望な若手を抜擢し、新規事業開発室とか、イノベーション推進室みたいなものをつくって、「失敗してもいいぞ、思い切りやれ」と鼻息荒くシリコンバレーの視察に行かせたりして2~3年、知の探索をさせるのですが、4年目あたりから「お金ばかり使って成功しない」などと言われるようになり大きな成果なく終わっていくパターンです。このようにして企業のイノベーションが停滞することを、経営学では「コンピテンシー・トラップ」と呼びます。会社ではどうしても、儲かっている事業分野を深堀りする方向に行きがちですが、イノベーションを起こしていくためには、無理にでも「知の探索」へ振り向ける施策が必要なのです。

:入山先生がおっしゃるように、私もR&Dだとか新規事業開発部門だけにイノベーションを丸投げしてしまうやり方に問題があると感じています。そこで新たな均質化が生まれてしまうだけで、何も生まれない。それよりは、毎日毎日お客さんのところに通っている現場の営業が、顧客のちょっとした困り事とか、上手くいったアイディアみたいなものを吸い上げてきて、違う顧客の課題と組み合わせてみるというように、みんなで考えていく方が近道だと思いますね。イノベーションの種は現場にある。それをスケールさせていくのがマネジメントの仕事ではないでしょうか。