「政治などに関する議論を穏健なものに転換するのが芸術の役割」

あなたの作品は過去に焦点を当てています。私たちは、今、将来が非常に不安な時代に生きています。英国のEU(欧州連合)離脱決定やトランプ米大統領のことなど世界で起きている様々なことについて書こうと思いますか。

イシグロ:私はジャーナリストではありません。これまで英国のEU離脱決定についてなど、ジャーナリスティックな論評を書いたことはあります。しかし、作家としての私の義務、仕事は、現在起きていることについて直接コメントをすることでは必ずしもないと考えます。

 むしろ一歩引いて、私たちみんなの関係というものを考えたい。一般の普通の人たち、そしてその一般の人と権力や政治、そしてお互いの関係というものについて考えることが大切と感じます。これは極めて重要なことだと考えています。政治などについての会話を穏健なやさしいものに変換するのが芸術というものの役割ではないでしょうか。

 私たちは今、非常に不安定な時代に生きています。最近起きている多くのことに私は深い懸念を感じています。私たちが自由民主主義と呼んできたものに対し、信頼性が失われ、とくにコンセンサスを得るということが極めて難しくなっている。

 私たちは今、なかなか前進できずに苦しんでいます。特に政治面が厳しい。そうした中で、文学が何らかの形で一助になればと願っています。

カズオ・イシグロ氏が会見を行ったブルームズベリーにある出版社フェイバー&フェイバー

「今後起きることに、この部屋の人含め全員に責任がある」

政治家に対する信頼がかつてないほどに低下している今、あなたは何かをしなければならないという圧力を感じていますか。特に今回のようにノーベル文学賞を受賞すると、そういうプレッシャーを感じますか。

イシグロ:私は作家です。ノーベル平和賞には、そうした動きに対して何らかの動きをすることが期待されていると思います。今後何が起こるにせよ、そのことに対する責任は、今、この部屋にいる全員も何らかの形で負っていると思います。作家として私もそのことについて考える責任を負っていると考えます。

 自分たちの小さな生活を守るための責任がどこまでで、どこからが社会の一員としての責任になるのか――。ほとんどの人はみな忙しい毎日を送っています。恐らく世界の大きな問題について議論したり考えたりする時間的な余裕はあまりないでしょう。しかし、そうした問題について私たちが考えなければ、ある種、自動車事故のような事態に、私たちは向かってしまうのかもしれません。