今年度から日本で本格的な配備が始まった最新鋭ステルス戦闘機「F-35AライトニングII」。「忍び」という意味のステルス性能を生かし、これまでの戦闘機とは異なる競争軸を打ち立てた。北朝鮮や中国の脅威が高まる中、F-35の技術的優位性を軍事研究家が解説する。
(日経ビジネス2017年7月17日号より転載)
今年6月5日、三菱重工業・名古屋航空宇宙システム製作所(愛知県豊山町)で米ロッキード・マーチンのステルス戦闘機「F-35AライトニングII」が日本で初めて披露された。
日本政府がF-35の導入を決めたのは2011年の暮れ。発注は12年度から始まり、「次期防衛力整備計画(19年度以降が対象)」まで含めると全42機を配備する計画だ。最初の4機を除く、38機が三菱重工の小牧南工場で組み立てられることになっている。同工場は機体整備の拠点としても活用される。
戦闘機にステルス性能が備わる最大のポイントは「先制発見・先制攻撃」が容易となること。戦闘機同士の空中戦では、双方が相手の存在を認識して真正面からやり合うとは限らない。理想は、相手が自機を発見する前に死角に回り込んで撃墜することだ。
従来であれば、相手に気付かれないように死角に回り込むのは、パイロットの能力に依存する部分が多かった。それをもっとシステマチックに実現したのが、ステルス戦闘機である。
●「F-35」のレーダーステルス性能

2. 垂直尾翼や胴体側面を傾斜させて側方からのレーダー反射を抑え込んだりする。これらはレーダーステルス技術の基本といえる。
3. ミサイルなどの突起物が付いたまま飛行するとレーダーに探知されやすくなるため、飛行中は胴体下面の兵器倉に収容しておく。兵器倉には2000ポンド(約907kg)の爆弾が入る
(写真=1. 2. 米ロッキード・マーチン、3. 米国防総省)
一般的にステルス技術とは対レーダーステルス、つまりレーダー探知を困難にする技術を指す。敵レーダーが発信した電波が、発信源の方に戻らないようにすれば、敵に居場所が知られることがない。ステルス技術も万能ではないが、少なくともレーダー探知を遅らせる効果は期待できる。
一方、自機が優れた探知能力を備えていれば、発見のタイミングが相対的に早まる。先制発見できれば、長射程の空対空ミサイルを撃ち込むなど先制攻撃につながる。つまり真正面から斬り付けるより、忍者のように忍び寄って必殺の一撃を放つのがF-35の理想とする戦い方だ。
となると、航空自衛隊が主力としてきた「F-15(通称:イーグル)」とはおのずと役割も変わってくる。F-15は「ドッグファイト」と呼ぶ空中戦を得意とする戦闘機だ。「日本の空を守る」という任務は不変でも、それを実現する手法は同じではない。
F-35はそのステルス性能を生かした敵基地攻撃能力にも注目が集まる。6月26日付の読売新聞は、日本政府がF-35に射程300kmの空対地ミサイルを配備する検討を始めたと報じた。
あくまでも国内の離島有事に備えるのが主目的であろうが、実現すれば自衛のために敵国の軍事拠点を攻撃する能力を持つことを意味する。ステルス戦闘機が敵の防空システムや戦闘機戦力を減殺できれば、後に続く攻撃作戦の遂行も容易となる。
こうした従来にない交戦形態や任務を実現するには、パイロットの訓練内容も変わっていく可能性が高い。そうなると、先輩格となる米国、あるいは同じF-35導入国である英国、オーストラリア、韓国などの国との間で、定期的に情報交換する場を設けて連携を密にしていく必要があるだろう。それは必然的に、共同作戦を円滑に進めるとか、相互運用性を向上させるとかいう話につながる。
実際、今年3月にはアジア太平洋地域のF-35導入予定国(米日豪韓)の関係者がハワイに集まり、情報交換のための会合を開いた。今後も同様のイベントが開催されるだろう。
地上レーダーからの情報も統合
軍事の世界では、「状況認識(SA : Situation Awareness)」という言葉がある。敵や味方がどこにいて、何をしようとしていて、どんな状況にあるのかを把握するという意味だ。前述した「敵機が死角に回り込んできていたのに気が付かない」とは、状況認識ができていないと言い換えることができる。
状況認識を改善するには、信頼できる探知手段が必要である。戦闘機の場合、目視、レーダー、赤外線センサー、敵のレーダーが出した電波の方位や種類を知る逆探知装置などが挙げられる。最新鋭のF-35には、もちろんこれらの機材が標準で装備されている。
さらに近年では、外部の探知手段から情報を受け取る方法も一般化した。地上や艦上のレーダー、あるいは大型レーダーを搭載したまま飛行するAWACS( Airborne Warning And Control System、早期警戒管制機)が捉えた情報も戦闘機に送られる。
1991年の湾岸戦争の頃までは、AWACSに乗る管制員は無線機を使い、戦闘機のパイロットに口頭で情報を伝えていた。パイロットはそれを基に、自分の頭の中で状況を組み立てていた。しかし現在はデータリンクという便利な機能がある。AWACSなどから戦闘機の搭載コンピューターに、最新の情報が刻々と送信されるのだ。
情報が多くなると別の問題が生じる。スペースが限られたコックピットの中で「AWACSから来た情報を表示するディスプレー」「自機レーダーの探知情報を表示するディスプレー」「レーダー発信源の種類と方位を示すディスプレー」などをバラバラに設置するのは不可能だ。そもそも情報源が増えるほど、パイロットの負担は増す。音速を超える速さで飛ぶ戦闘機では、判断の遅れは致命傷となる。
そこで重要な要素となるのが、「センサー融合・データ融合」という概念だ。一言でいうと、「さまざまな探知手段で得たデータをひとまとめにして、単一の状況図を生成する」ということだ。
F-35が搭載するレーダーより、AWACSが装備するレーダーの方が探知距離は長く、識別能力にも優れている。だから、AWACSのレーダー情報を受け取って自機のレーダー情報と融合すれば、自機のレーダーだけを使って捜索するより遠方まで目が届くことになる。
また、F-35が装備する逆探知装置を使えば、敵機が発したレーダー電波を受信したときに、発信源の方位や種類を識別できる(ただし、逆探知装置が発信源の正体を知るには、事前に電子情報を収集してデータベースを作っておく必要がある)。
レーダーだけなら「誰か」がいることしか分からないが、電波発信源の逆探知と組み合わせることで機種まで分かる可能性が高まる。つまり、「どこに」「誰が」いるかが分かることにつながる。
こうした課題を解決するためにF-35に採用されたのが、パイロットの正面に配置されたタッチスクリーン式の大型液晶ディスプレーだ。複数の情報源からもたらされた情報を融合して一目で分かる「一枚の状況図」として表示する。タッチスクリーンや画面の大きさは、その状況図を見やすく、操作しやすくするための手段にすぎない。
●F-35のコックピット内部

2. 大型レーダーを搭載したまま飛行するAWACS(早期警戒管制機)、
3. 地上の警戒管制レーダーなどからの情報も無線通信で刻々とF-35に送信される。
4. 複数の情報を「一枚図」として統合して表示するのが、操縦席前面の大型液晶ディスプレーだ。最新式の戦闘機では、アナログの機械式計器類はほとんど見当たらない。パイロットはタッチスクリーンを操作して、敵の戦闘機やレーダーの位置、自機の状況、地図、センサー映像などの情報を呼び出せる。燃料タンクごとの残量や燃料移送もタッチスクリーンで指示する。
5. パイロットがどちらを向いていても情報が見えるようヘルメット装着型ディスプレー装置(HMDS)を採用。
6. 機体周囲に設置された全周カメラの映像が滑らかにつながり、向いた方向の映像をバイザーに表示する
(写真=1. 4. 6. ロッキード・マーチン、2. Roger-Viollet/アフロ、3. 読売新聞/アフロ、5. ロックウェル・コリンズ)
下を向いたら床が「素通し」
自動車教習所では、運転する際には「死角に注意するように」と教わる。戦闘機も事情は変わらない。機体の陰になる真後ろから後下方にかけての範囲は、特に用心する必要がある。
だからこそパイロットは「Check Six」を訓練中にたたき込まれる。この場合のSixとは6時の方向、つまり真後ろを指す。気付かない間に敵機が真後ろから忍び寄ってきて撃たれる危険性が高いので、警戒を促しているわけだ。
F-35にはこうした課題を解決する最新装備も搭載された。それが「EO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)」だ。従来の戦闘機にはない「全周視界」を実現している。
EO-DASは、機体の周囲6カ所に取り付けた赤外線センサーの映像を、ヘルメットの前面についているバイザーに投影するシステムだ。センサーがパイロットの頭の向きを常に検出しており、パイロットが見ている方向の映像を表示する。
例えばパイロットが真下を見ると機体の真下の映像が表示される。つまり床が素通しになったのと同じである。こんなことができる戦闘機は史上初めてだ。赤外線センサーを使用しているので、昼夜・天候を問わずに視界を確保できる利点は計り知れない。
EO-DASは、パイロットが見ていない方向を自動的に監視して警報を鳴らしてくれるわけではないので、「Check Six」の重要性は変わらない。しかし、従来にない全周視界を、しかも昼夜・天候に関係なく実現してくれるだけでも、空中戦における状況認識は大きく改善できるだろう。
なお日本向けのF-35で使用するレーダーとEO-DASは、一部の部品を三菱電機が製造している。またエンジン部品をIHIが提供しており、航空機産業の育成を目指す日本にとってF-35の存在は小さくない。
「鈍重」でも問題なし
冒頭で紹介した「相手に気付かれないように死角に回り込んで撃ち落とす」ことを、ベテランだけでなく新人や中堅のパイロットでも実現できるように、システムや環境を整備する。それがF-35の狙いである。
各種のレーダーやコンピューターなど電装部品を大量に積み込んだ結果、F-35の総重量は約35トン(燃料満タン時)と単発戦闘機としてはかなり重い。その結果、「速度」や「機動性」という指標で他の戦闘機と比べると、「鈍重」と酷評を受けることもある。
だが、F-35は俊敏さを極めるのではなく、情報面の優越を実現するところに注力した。「速度」「機動性」がモノをいう格闘戦にもつれ込む前に、先制発見・先制攻撃でケリをつけてしまうという、新しい空中戦のルールに書き換えてしまおうという考え方だ。
ビジネスの世界では、既存のルールで相手の土俵に乗って戦う代わりに、新しいルールを作って、そちらに相手を引き込んで勝利する事例がいくらでもある。スポーツの世界ならもっと露骨に、「誰かが一人勝ちしているときに、その誰かが不利になるようにルールを書き換えてしまう」ことは頻繁に起きる。それと同じことを航空戦の世界で実現しようとしているのがF-35だ。同機が「空のゲームチェンジャー」と呼ばれるゆえんである。
テクニカルライター、軍事研究家

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