国立大学法人が出資・設立したベンチャーキャピタル(VC)による投資活動が本格化する。2015年から16年にかけて、東北大学、大阪大学、京都大学がそれぞれ出資・設立したVCが投資を開始したのに続き、東京大学が出資・設立した新たなVCが本格稼動するからだ。しかも、その第一号投資ファンドの額は230億円と巨額。「いよいよ資金力を持った最後の大物が登場してきた」(学校関係者)というように、日本のベンチャー育成に大きく寄与することになりそうだ。
本格稼働するVCは、東京大学協創プラットフォーム開発(東京都文京区)。今年1月21日に設立された同社だが、この9月から本格的に投資活動を始めることが明らかとなった。東京大学協創プラットフォームは、2004年に設立され、既に投資活動を開始している東京大学エッジキャピタル(UTEC、東京都文京区)に次ぐ、東京大傘下の二番目のVCだ。UTECは、2004年4月に東京大関連の一般社団法人東京大学産学連携支援基金が出資し、東京大が承認する「技術移転関連事業者」として設立されたVC。これに対して、東京大学協創プラットフォームは、東京大が直接100%出資して設立したVCという違いがある。
日本に80数校ある国立大の中で、VCを傘下に持っている大学はわずかに数校。こうした状況の中で、形態の違いはあるとはいえ、東京大は傘下に、投資活動を行う2つのVCを持つことになる。日本の他の大学の数歩も先を行く態勢を固めたともいえる。
東京大学協創プラットフォーム開発の大泉克彦代表取締役社長
1980年に東京大工学部を卒業、同年に三井物産に入社、2000年に米ハーバードビジネススクール修了、2006年4月に三井物産メディア事業部事業部長、2009年10月にM・V・C(現 三井物産グローバル投資)の代表取締役社長などを歴任
東京大学協創プラットフォームの使命は「日本で東京大を核とする新規事業を次々と起こせる“イノベーション・エコシステム”を確立するとともに、東京大を日本、アジア、世界での大学発ベンチャー企業創出の代表的な拠点にすること」(大泉克彦代表取締役社長)という。
作家の司馬遼太郎は、ノンフィクション作品「街道を行く」シリーズの中の「本郷界隈」において、「明治初期、日本最初の大学が置かれた街である本郷は、近代化を急ぐ当時の日本では、欧米文明を一手に受け入れ、地方へ分ける“配電盤”の役目を担った」と述べている。こうした先駆的な伝統を受け継ぎ、文京区本郷にある東京大は、大学発ベンチャー企業を核にした新産業創成を目指す。日本にイノベーション・エコシステムを普及させる“配電盤”の役目を担おうと動き始めたのである。
投資ファンドの規模はかなり大きい
2016年8月28日に、文部科学省と経済産業省は東京大学協創プラットフォームが提出した「産業競争力強化法に基づく特定研究成果活用支援事業計画」を認定したと、それぞれ発表した。この結果、東京大学協創プラットフォームが設立する「協創プラットフォーム1号投資事業有限責任組合」という第一号投資ファンドが近々、認可される見通しだ。この投資ファンド設立をもって、同社はVCとしての投資活動を始める。
この第一号投資ファンドは、東京大が230億円、東京大学協創プラットフォームが100万円をそれぞれに出資してつくるものだ。東京大が出資した230億円は、平成24年度(2012年度)予算として政府が東京大に交付した417億円が原資になっている(東北大、大阪大、京都大がそれぞれ出資・設立したVCがつくった第一号投資ファンドも同様に、政府がそれぞれの大学に交付した資金が原資になっている)。
ここで注目すべきは、前述したように東京大学協創プラットフォームがつくる第一号投資ファンドの規模の大きさである。例えば、京都大学の100%子会社VCである京都大学イノベーションキャピタル(京都市、関連記事「京都大発ベンチャーが期待できるワケ」参照)が2016年1月に設けた第一号投資ファンドは160億円だ(政府が京都大に交付した292億円が原資)。この160億円でも十分に規模は大きい。
また、東京大の第一号VCである東京大学エッジキャピタル(UTEC、東京都文京区)が2004年につくった第一号投資ファンドの「ユーテック一号」は約83億円である。そして、その後の2013年に設けた第三号投資ファンドまでを含めて、東京大学エッジキャピタルは総額で約300億円の投資ファンドを現在、運営している。
こうした規模を考えると、東京大学協創プラットフォームはいきなり230億円という“巨艦”投資ファンドをつくることがわかる。このため、同社は「支援内容の基準として類似の民間業者であるVCの活動を不当に妨げることなく、“民業補完”に徹する」と宣言している。
“ファンド・オブ・ファンド”を実施
この民業補完が意味する具体的な投資指針は、以下の通りだ。東京大発ベンチャー企業などを育成・促進する民間のVCが設けた投資ファンドに、同社は資金を提供し、東京大発ベンチャー企業のシード・アーリー段階を間接的に支援する。こうした“ファンド・オブ・ファンド”を実施する点が、東京大学協創プラットフォームの最大の特徴である。もちろん、国立大の100%子会社による“ファンド・オブ・ファンド”の実施は初めてである。
こうした“ファンド・オブ・ファンド”によって、民間のVCの育成と支援を行い、「日本での大学発ベンチャー企業の活性化に波及効果を及ぼし、イノベーション・エコシステムを確立することを目指す」と、大泉社長は説明する。
もちろん、その投資対象となる投資ファンドを運営するVCとは“協定書”などを交わし、創業時のシード・アーリー段階をしっかりと支援していることを定時モニタリングするなどのチェック態勢をとる。定時モニタリングでは、東大発ベンチャー企業の創業時のシーズ案件の中身などの“良質化”をしっかり目利きしていく構えだ。
東京大学協創プラットフォームは、今年4月に、同社の事業・投資方針を説明する会を開いた。その会には民間のVC40数社が参加したもようだ。その後の話し合いによって、「現時点では、投資対象として数社のVCに絞り込んだ段階」と、大泉社長は語る。この投資対象の数社のVCが設けた投資ファンドが政府の政策目標を踏まえて、大学発ベンチャー企業に適切に投資しているかどうかをモニタリングしていくという。
ただし、シード・アーリー段階の大学発ベンチャー企業の中には、その事業化対象のシーズ案件がかなり先進的・先駆的な技術であり、民間のVCがハイリスクと判断し、投資を躊躇(ちょうちょ)するケースもありえる。こうしたハイリスク案件の場合には、「東京大学協創プラットフォームが直接、投資するケースもある」という。「成功すればかなりのハイリターンが期待できるからだ」と、大泉社長は説明する。
シード・アーリー段階の東京大発ベンチャー企業が数年経つと、事業を成長させるミドル・レーター段階に入る。こうなると、事業拡大の追加資金の投資が必要になるケースが多い。この場合は、その当該ベンチャー企業あるいは、そこに投資しているVCからの求めに応じて、その投資しているVCなどと、東京大学協創プラットフォームは“協調投資”を行う。この場合には、「投資案件を厳選する」という。
カーブアウトベンチャー企業に注目
東京大学協創プラットフォームが間接的あるいは直接的に投資する東京大発ベンチャー企業とは、以下のような企業を指す。
- 東京大が所有する特許やソフトウエアなどの知的財産を活用する
- 東京大の学術研究成果から産まれた技術を活用する
- 東大の教員・職員が役員兼業などのかたちで参加している
- 東京大との共同研究・臨床研究を通して参画する
- 東京大の学生や卒業生が創業チームとして参画する
- 東京大と他大学との共同研究成果を活用する
さらに、東京大発ベンチャー企業の中には、大企業との大型共同研究などを通した“カーブアウトベンチャー企業”も含んでいる。大企業が立ち上げる新規事業を一度、本体から切り出すカーブアウトベンチャー企業は、今後の核となる投資候補と、東京大学協創プラットフォームはみている。しかし「その準備と育成には、数年かかる見通しのために、数年後につくる第二号投資ファンドの主な投資先と考えている」という。
同様に、東京大と他大学や研究開発機関とが連携した大型の共同研究成果を活用する東京大発ベンチャー企業への投資も、当面は準備に時間がかかる見通しだ。しかし「独創的な事業プランが産まれる可能性は高いと予想している」という。
東京大発ベンチャー企業の事業領域は特に問わないが、東京大の強みである「文理融合分野や学際融合領域などから先進的、独創的な事業プランが産まれる」と、大泉社長はいう。
ベンチャービジネスを創出できる人材を重視
2016年1月に東京大学協創プラットフォームの代表取締役社長に就任した大泉氏は、三井物産でインターネット・情報系の新規事業をいくつも立ち上げ、その事業を大企業に売却するなどの辣腕(らつわん)を振るった人物だ。2009年にはM・V・C(現三井物産グローバル投資)の社長として活躍した。こうした情報系ベンチャービジネスに実績を持つ点が評価され、東京大学協創プラットフォームの創業準備を頼まれ、2015年10月に三井物産を退社し、東京大の施設内で準備を始めた。
東京大学協創プラットフォームは、近々、認可される第一号投資ファンドの投資案件を担当する投資担当マネージャーを確保しつつある。最近は、理化学研究所発ベンチャー企業を成功させた実力者を、事業開発部長に迎えたところだ。「当社は、ベンチャービジネスで事業実績などを持つ実力者を採用する方針」と語る。人材採用は焦らずに年内に数人を採用する程度の見通しである。少数精鋭を貫く構えだ。
さらに「東京大大学院などで、ベンチャー企業の起業などに関心が高いポストドクター(博士号取得者)や大学院生などをインターンとして受け入れるなどのベンチャービジネス人材の育成にも、力を入れていく」という。こうしたベンチャービジネスが分かる人材が増えることによって、日本での大学発ベンチャー企業の活性化に波及効果を及ぼし、イノベーション・エコシステムを確立することが実現するからだ。
ベンチャー企業への投資額が増加
2016年9月5日に発行された日本経済新聞の朝刊一面には、見出し「ベンチャー投資 最高に」という記事が掲載された。調査会社のジャパンベンチャーリサーチ(東京都港区)が未上場約8600社を対象に、資本金の変動を調べた結果、未上場ベンチャー企業が調達した資金は928億円と、前年同期に比べて21%増え、半期では過去最高を記録したと報じている。人工知能(AI)などの最先端技術を短時間で手に入れる目的で、企業が未上場ベンチャー企業に積極的に投資しているからと分析している。
こうした未上場ベンチャー企業への投資額の増加は、最先端技術を事業化しようとしている大学発ベンチャー企業への事業資金支援の風としても吹き続けるだろう。この流れを、各VCが先駆的に実施するためにも、東京大学協創プラットフォームが実施する“ファンド・オブ・ファンド”による投資が重要になってくるといえそうである。
丸山 正明(まるやま・まさあき)
技術ジャーナリスト。元・日経BP産学連携事務局プロデューサー
東京工業大学大学院非常勤講師を経て、現在、横浜市立大学大学院非常勤講師、経済産業省や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、産業技術総合研究所の事業評価委員など。
■訂正履歴
本文中、新しいベンチャーキャピタルの名前を「東京大学協創プラットフォーム開発」とするところを、複数個所で「東京大学共創プラットフォーム開発」としていました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2016/9/13 12:00]
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