「全員無罪」を主張したパール判事

 安倍首相の演説で名前の挙がったパール判事は、日本の戦争責任を問う極東軍事裁判の判事を務めた。

 極東軍事裁判は、1946年5月に開廷され、1948年11月に判決が下った。東条英機元首相、広田弘毅元首相など7人には死刑、平沼騏一郎元首相など16人には終身禁固刑、東郷茂徳元外相には禁固刑20年、重光葵元外相には禁固刑7年の刑が言い渡された。

インド独立50周年を記念して1997年、京都市東山区の京都霊山護國神社に建立された、パール判事(博士)の顕彰碑。(写真:PIXTA)
インド独立50周年を記念して1997年、京都市東山区の京都霊山護國神社に建立された、パール判事(博士)の顕彰碑。(写真:PIXTA)

 判事は、計11人。連合国各国の裁判官出身者であった。パール判事は、少数意見で全員無罪を主張した。

 刑法の大原則によれば、事後法は遡及適用しないことになっている。犯した行為の後にできた罰則は当該行為には適用されないとの原則である。パール判事は、有罪判決の訴因となった「平和に対する罪」と「人道に対する罪」は、第二次大戦後に導入された考え方、つまり「犯罪」が行われた戦前戦中より後に導入された事後法であるから、被告たちの言動には適用されないと主張した。

 しかしパール判事の考えの背景には、欧米諸国の植民地政策への批判が底流にあり、欧米諸国判事が戦勝国の論理で判決を下すことへの反発があったのではないか。また、カルカッタは戦前から通商を通じて日本と関係が深く、日本が支援した独立運動家・二人のボース(ビハリ・ボースとスバス・チャンドラ・ボース)ゆかりの地でもあった。パール判事の気持ちの中に、欧米先進国への反発と日本への同情があったと考えるのが自然であろう。ちなみに、1947年8月、インドが英国のくびきを脱し独立を達成したのは、極東軍事裁判の最中であった。(了)

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「最後の超大国インド」/平林 博(著)/1700円+税
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筆者/平林 博(ひらばやし・ひろし)氏

 日印協会理事長・代表理事。1963年東京大学法学部卒業、外務省入省。在外公館では、イタリア、フランス、中国、ベルギー、及び米国に勤務。本省では、官房総務課長、経済協力局長等を歴任。在米大使館参事官時代に、ハーバード大学国際問題研究所フェロー兼同研究所日米関係プログラム研究員。1990年駐米公使、1995年内閣官房兼総理府外政審議室長(現在の内閣官房副長官補)、1998年駐インド特命全権大使、2002年駐フランス特命全権大使、在任中にリヨン第二大学より名誉博士号を授与、2006年在外公館査察担当大使。2007年外務省退官。同年から現職。退官後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授、国土交通審議会委員、日本国際フォーラム副理事長、日本戦略研究フォーラム会長、数社の社外取締役などを歴任。

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