1915年、ガンジーはインドに帰国した。その1年前の1914年、第一次大戦が始まった。英国はインドに自治権を与えることと交換にインド兵を徴用した。しかし、大戦後、英国は自治権の供与を渋ったので、インド人の独立への願望はさらに強まった。ガンジーは武闘には走らず、「非暴力、不服従」を唱え、英国植民地政府による投獄や弾圧を受けながら、国民的な運動へと盛り上げた。

 ガンジー・アシュラムはガンジーの「聖地」であり、インド独立の精神を象徴する場所である。ここを安倍首相が訪れるのには何の不思議もないが、実は、中国の習近平国家主席も訪れている。2014年の訪印時にモディ首相に招待されたのだ。中国にとって、植民地支配に抵抗したガンジーは「中国における、欧米諸国や日本の侵略」と結びつけることができる。

 一方、安倍首相がガンジー・アシュラムを訪れる狙いは「非暴力」と「民主主義」の共有をアピールすることであろう。今回の訪印では、アジアの二つの民主主義大国としてアジア太平洋地域に民主主義を広めるための協力を行うことが合意文書に盛り込まれる見通しだ。

「アジアを代表するもう一つの民主主義国」

 安倍首相は2007年のインド国会演説で、次のようにも述べている。

 「さて、本日私は、世界最大の民主主義国において、国権の最高機関で演説する栄誉に浴しました。これから私は、アジアを代表するもう一つの民主主義国の国民を代表し、日本とインドの未来について思うところを述べたいと思っています」

 民主主義には二つの側面がある。実質面(ないし内容面)と手続き面である。

 インド憲法は、市民権、基本的人権、国の統治機構など民主主義の諸原則を定めている。しかしインドの現実は、貧富の格差、教育の実質的機会均等の欠如、時に生じる権力の乱用など、実質面、内容面では問題が多い。特に、カースト制度は、憲法上は違憲、法律上も違法だが、社会慣習として根強く残っており、民主主義の本質に合致しない。

「最後の超大国インド」/平林 博(著)/1700円+税
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 他方、手続き面では、民主主義が機能している。国政も州の政治も、必ず選挙で選ばれた行政の長や議会が担う。独立以来、クーデターもなく軍事政権の経験もない。途上国では、稀有の例だ。インドの有権者数は世界最大の8億人を超える(詳しくは、拙著『最後の超大国インド』(日経BP社)で解説している)。

 同じガンジー・アシュラムを訪れることになっても、日本と中国の首脳の狙いは違い、それに呼応するインド側の思惑もそれぞれ違っている。安倍首相がガンジーについてどう語るかというのは、訪印の注目点の1つであろう。

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