持てる国と持たざる国の戦い

 では、これら低税率国の狙いはどこにあり、どのような仕組みで税率を低くできるのだろうか。答えは、低税率国は、法人税以外の収入などを期待できるからである。

 多国籍企業がその国で事業を行ってくれれば、その国に雇用が生まれる。もちろん、ペーパーカンパニーでは雇用は生まれないが、現在の各国の税制では、事業実態のないペーパーカンバニーに利益を合法的に移転することは難しいので、多国籍企業が、低税率を享受するためには、事業実態も移転し、その国で設備投資や研究開発をしたり、ヒトを移したり、現地で雇ったりするのである。

 低税率国側とすれば、法人税は納めてくれなくても、ヒトを雇ってくれれば従業員から所得税をとれるし、失業保険受給者が減れば財政負担が減る。また、設備投資をしてくれれば、景気対策にもなるし、収入源となる無形資産を移転してくれたり、研究開発を現地で行ってくれればやがてその国の産業力の向上につながる。

 もちろん、国家財政にとって最も望ましいのは、高い法人税を課しても企業が多くの人を雇ってくれて、従業員からは所得税をとれることだ。実際、こういった自国の産業をあまりもたない小国が税率を下げ、優遇措置を導入して多国籍企業を積極的に誘致しだす以前は、日本やアメリカといった多国籍企業本社を持つ国は、企業に高い法人税率を課して高い税収を得ていた。日米は長い間、約40%という世界最高レベルの高い法人税率を維持していたのである。

 しかし、多国籍企業を誘致する国が増えた昨今、日米も安穏とはしていられなくなっている。後述する「移転価格税制」を整備したり、OECDで多国間での国際税務に関するルール作りをしたりして、本来、国内で課税できるはずの所得が国外に流出しないように(すなわち、自国の税収が他の国に取られないように)努力せざるを得なくなってきた。

 先進国政府は本音では、自国の企業がグローバル市場で稼いできてその利益に対する税金は自国で納めて欲しいと思っている。対して、消費マーケットとなる新興国は、現地で商売をするなら現地のヒトを雇って、現地で税金を納めて欲しいと願っている。

 国際税務論争は、課税所得(法人税)と雇用(所得税、及び、社会福祉コストの軽減)を目的とした多国籍企業の誘致合戦に係る論争でもあり、多国籍企業本社を有する経済力の強い「持てる国」と、産業力・経済力に乏しい「持たざる国」との税の取り合い論争でもある。

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