
欧州委員会(EU)は8月30日、アイルランド政府が最大で130億ユーロ(約1兆4800億円)の違法な税優遇を米アップルに与えたとして、過去の優遇分や利息を追徴課税で取り戻すよう同国に指示した。その後、アイルランドはEUの判断を不服として欧州司法裁判所に提訴することを決め、米政府もこの決定を「一方的」と非難した。
多国籍企業のタックスプランニングに対する風当たりが強まりつつあり、それに伴い、各社は立地を含めたグローバル戦略で難しい対応を迫られている。一方で各国は、健全な企業活動への目配りとともに、課税を巡る過度で不適切な地域間競争を防ぐうえでの取り組みが求められている。
以前、スターバックスコーヒーの英国法人は3年間で約1500億円の売上があったものの、英国ではほとんど法人税を納めていなかったとのロイターの報道が大きな話題になった。これを機に、グーグル、アマゾンをはじめとする、スターバックスと同様の高度なタックスプランニングを行っている一部の多国籍企業への批判が高まり、OECD、国連、G20、各国が対処に本格的に乗り出した。こうした動きのなか、今回のアップルへの追徴課税の一件もあり、国際税務への注目は極めて高まっている。
多国籍企業はどのようにして税金を抑えているのか
一般的に日本人は税に疎いというのは、よく言われることである。その理由としては、国民の多くが会社により予め税金分を差し引かれた給与を受け取る「サラリーマン」であること(痛税意識が低い)、真面目で勤勉な国民性から「お上」に従順で、納税を絶対的な義務と捉えていること(節税意欲が低い)、などが考えられる。
このようなお国柄の日本では、最近、世界で著しく高まっている国際税務論争への興味や理解が進まないのも道理である。後述する国際税務論争では、国家の在り方(財源確保のための方法、権利と義務)、国と国との税収の配分に関する関係、多国籍企業の権利と義務に関して深く真剣な議論がされている。
だが、日本では、残念ながら、「脱税」と「タックスプランニング(節税、とも訳せるが、厳密なニュアンスは節税とは異なる)」の区別も曖昧な状況である。未だに勧善懲悪の時代劇よろしく、税金をあまり納めていない企業は悪者だから許せない、やっつけるべきだ、という単純な議論から脱していない。
マスコミも”税金をあまり納めない悪い企業”を吊し上げにすることで、視聴者・読者の溜飲を下げさせる、といった報道ぶりが多い。ほとんどの人は、このような報道に触れ、「この税金をごまかす、ズルい会社がもっと税金を納めてくれれば、この国の社会福祉の財源も増えて、私の生活も良くなるだろう」と思っていることだろう。しかし、ことはそれほど単純ではなさそうである。
世界には非常に税率の低い国があることは、最近、広く知られるようになった。国際的なタックスプランニングは通常、そういった国の制度を活用して行われる。しかし、そのような国は、どうして企業から税金をもらわないでもやっていけるのか、税金を納めてくれない企業を誘致する動機はどこにあるのか、ということに思いを巡らしたことがある人は、案外少ない。
本稿では、そもそも、多国籍企業はどのようにして税金を抑えているのか、低税率国は何のために税率を低くして多国籍企業を誘致しているのか、現在起こっている国際税務論争では何が話し合われているのか、そしてこうした潮流の下、日本企業はどうするべきなのかについて、順を追って論じていきたい。少々、長い記事になるが、最後まで読んでいただければ、国際税務の最前線が垣間見えてこよう。
国際的なタックスプランニングとは何か
国際的なタックスプランニングを既存の日本語に訳すとすれば、「節税」が最も近いのかも知れない。しかし、それでは正確なニュアンスは伝わらない。だから、専門家は「節税」という言葉を用いず、外来語としてそのまま「タックスプランニング」を使うのだろう。両方とも厳密な定義がある訳ではないが、「節税」は税金の対象となる所得を少なくするため経費を増やしたりするイメージがあるのに対して、国際的タックスプランニングは、所得をどこの国に帰属させるかが中心となることが多い。
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