成田空港にあるアリペイの広告。日本での加盟店数は既に2万6000に達している
アリペイ(支付宝)とウィーチャットペイメント(微信支付)。QRコードを使った中国のモバイル決済サービスが日本でも話題となっている。2017年7月に発表された中国ネットワーク・インフォメーション・センターの報告書『中国インターネット発展状況統計報告』によると、中国のモバイル決済ユーザー数は5億185万人。モバイルネットユーザーの69.4%が利用している。大都市圏では既にほとんど現金を使わずに生活する人までいる状況だ。
中国国内での普及が一段落した今、アリペイとウィーチャットが主戦場として位置づけるのが国外だ。海外での利便性を高めることで、ライバルに差を付けようとしている。中国人旅行客の訪問先としてタイに続く第2位の座を占める日本でも、激しい競争が繰り広げられている。
先行するのはアリペイだ。アリババグループの一角を担うアントフィナンシャルはNTTデータ、オリックス、リクルート、セブン&アイ・ホールディングスなど13社と日本地域アクワイアリング(加盟店業務権利)・パートナー契約を交わし、加盟店拡大に邁進している。アントフィナンシャルジャパンの王磊執行役員によると、加盟店数はすでに2万6000に達した。今後は中国観光客の旅行ニーズの多様化に応じて、大都市圏以外での加盟店拡大に力を注ぐ方針だという。
アリペイは割引クーポンやキャッシュバックなどの優待を取り入れたキャンペーンを年6回実施し、加盟店への集客をサポートしている。8月3日には「世界のアリペイ」キャンペーンの一環として、一部のケンタッキー・フライド・チキンの店舗でキャッシュバック・イベントを実施。秋葉原店では深夜まで長蛇の列ができ、中国のSNSウェイボー(微博)では行列の動画が話題になるほどの騒ぎとなった。アントフィナンシャルは来春にも、日本人向けのサービスを開始するとの報道も出ている。
アリペイを追いかけるウィーチャットペイメントの運営会社、テンセントは7月3日、日本でのオープン化戦略を発表。オンラインでの簡易な手続きで加盟申請を可能にしたことで巻き返しを図っている。
非正規代理店が登場、アリペイが抗議声明
加熱する加盟店獲得競争の裏側で、不可思議な事態も起きている。8月18日、アントフィナンシャルジャパンは「当社および当社グループと提携関係のないNIPPON PAYへ決済サービス停止警告書を送付」と題したプレスリリースを発表した。
NIPPON PAYはアリペイ、ウィーチャットペイメントを含めたマルチ決済サービスを提供する企業だ。アントフィナンシャルジャパン及びグループ会社とは関係がなく、アントフィナンシャルジャパンが正規に認めていないルートを迂回利用する形でアリペイ・サービスを提供していたという。アントフィナンシャルジャパンは既にこの決裁ルートを閉鎖したことも明らかにしている。
筆者はNIPPON PAYを導入したワタミの「和民」浅草雷門店を訪問した。入口には「本店はアリペイの利用を推薦しています」とのシールが張り出されている。アリペイでの支払いを申し出たところ、店員は筆者のスマートフォンに表示されたQRコードを何度か読み取ろうとした末、「アリペイのネットワークにつながらないようです。別の方法でお支払いいただけないでしょうか」と断ってきた。
「アリペイ側のシステムに問題があるとの説明は我々の名誉を傷つけるものです」とアントフィナンシャルジャパンの王氏は憤る。以前にはレジ前に「現在、アリペイのシステムが不安定なためご利用できません」と中国語の貼り紙が掲出されていたことまであったという。
また、単なる信頼の問題だけではないと王氏は主張する。上述したとおり、アリペイは加盟店への集客をサポートするキャンペーンを実施しているが、非正規ルートのNIPPON PAY経由はこのサービスを受けることはできない。さらにNIPPON PAY経由での決済は為替レートが公式のものよりも悪く、消費者が金銭的な被害を受けるという問題まであるという。
NIPPON PAYの反論
「NIPPON PAYは中国国内のライセンスホルダーからサブライセンスを受ける形でアリペイ決済を提供しています」
こう語るのはNIPPON PAY創業者である高木純CEOだ。高木CEOは日本地域のアクワイアリング・パートナーとの契約はないと率直に認めた。
「NIPPON PAYは加盟店とユーザーの利便性を追求した結果、アリペイとウィーチャットの双方に対応するマルチ決済サービスを展開している。アクワイアリング・パートナー経由ではこうしたサービスは提供できないため、他地域のライセンスホルダーと提携する形態を選んだ」。これが高木CEOの主張だ。今後はさらに対応サービスを増やすほか、全国規模で代理店と提携。タブレットの無償配布などの積極的な展開によって、キャッシュレス決済のプラットフォーム企業を目指すという。
アントフィナンシャルジャパンとのトラブルについて高木氏は次のように話す。「米国や韓国など他地域では同じ代理店がアリペイとウィーチャットの双方を取り扱い、両サービスを同時に導入できるのが一般的です。アントフィナンシャルジャパンはアクワイアリング・パートナーにアリペイしか扱えないような、排他条件付きの契約を交わしていると聞いていますが、これは不公正な競争にあたるのではないでしょうか」
NIPPON PAYと提携したアルファクス・フード・システム、MXモバイリング、リミックスポイントの各社に導入理由について問い合わせたところ、いずれも複数の決済サービスが一度に導入できる点に魅力を感じたと回答した。なお上記3社はいずれも提携は発表したものの、NIPPON PAY経由の決済はいまだに稼働していない。MXモバイリングはその後、提携を解消している。
アントフィナンシャルジャパンの王氏は契約に排他的条項は含まれていないと否定しつつも、「アリペイは決済、マーケティング、プロモーションによるデータマーケティングのビジネスでもあるため、アクワイアリング・パートナーは基本的にアリペイ・サービスの提供にフォーカスする形になっている」と説明した。つまり、アントフィナンシャルと契約したアクワイアリング・パートナーがアリペイとウィーチャットを同時に提供することはできないが、別の代理店を経由してウィーチャットを導入すれば、加盟店は2つの決済サービスのいずれも利用できるようになる。
また、高木氏は為替レートの問題についてはアリペイ公式レートで両替されているはずであり、もし問題があるとするならばNIPPON PAYが関知し得ない中国ライセンスホルダーの責任だと反論。「日本にキャッシュレス革命を起こし社会に貢献することが我々の理念であり、そのためには加盟店、ユーザーの利便性を第一に考えるべきだ」と主張している。
日本人には理解しづらい中国のビジネス流儀
両社の主張を聞くと、代理店の関係が入り組んだきわめて複雑な状況であることが明らかとなった。NIPPON PAYと提携を発表したアルファクス・フード・システムは日本の正規アクワイアリング・パートナーではないことを知らなかったと回答し、和民などで稼働実績が存在するにもかかわらず非正規ルートだということがありえるのかと疑問を呈している。
アリペイのような新しい決済サービスが普及していない日本では、この状況はなかなか理解されないだろう。アリペイなど中国のウェブサービスの多くはオープンプラットフォーム戦略を取っているため、無数に存在するアクワイアリング・パートナーが提供するAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を活用することで、第三者が容易に関連サービスを開発することが可能なのだ。高木氏も現在、提携する中国ライセンスホルダーにアントフィナンシャル本社との調停とサービス安定継続を依頼しているが、別のライセンスホルダーと提携することも視野に入れているという。
モバイルインターネットと端末さえあればどこでもサービスを導入できるというきわめて自由度の高い環境なのだ。この自由度こそが中国でのスマホ決済サービスの爆発的拡大をもたらした最大の要因だが、一方で決済のような信頼性が求められる分野では危険にも感じる。しかし、アリペイは事前確認ではなく、AI(人工知能)を活用した取引チェックシステムで安全を確認していると自信を見せる。すべての取引をAIが監視しており、不正取引はリアルタイムで検出し、取引をストップさせる仕組みが導入されている。
筆者は今年7月、浙江省杭州市にあるアントフィナンシャル本社を訪問したが、そのロビーにはAIによる不正取引検出ログを表示するディスプレイが置かれていた。「*時*分 某某(使用した人の氏名) ダフ屋行為が疑われるため取引をストップ」といったログがリアルタイムで表示されていた。
「実はNIPPON PAY経由での取引は数件しかありません。日本メディアには取り上げられて目立つ存在でしたが、実際の取引件数はほとんどゼロだったのです。もし取引件数が増えれば、AIによって自動的にストップがかかっていたでしょう」とアントフィナンシャルの王氏は話す。
事前確認を徹底する日本社会はいわばホワイトリスト型、すなわち安全性が完全に担保されたと確認しなければサービスは展開しないのが一般的。一方、中国はブラックリスト型で、まずはサービスを展開しつつ、問題がある部分のみを取り締まるという考えが主流だ。アリペイなど決済サービスでも同様の発想だ。中国で実店舗でのモバイル決済が本格的にスタートしたのは2014年。わずか3年で世界を席巻するにいたったのは、ブラックリスト型の発想によって、スピード感を持ってサービスを拡大し続けたことが大きい。
ただし、AIによって取引の安全性が担保されたとしても、中国的発想による仕組みが日本人にとって分かりづらいのは事実だ。アントフィナンシャルには日本社会が理解できるような形でサービスの仕組みや安全性を発信することが求められている。
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